甘いカカオの匂いで目覚めた僕がそこで見たものは、テーブルの上を埋め尽くす色とりどりのラッピングに包まれたチョコレートの山だった。 「あ、ユキオ君、おはよう」 君は残りのチョコレートを包みながら僕に手を振った。 「一体どうしたの、この有り様は」と僕は言った。 「これ?見ての通り、チョコレート。今日みんなにあげるの」 「みんなって?」 「友達とか、バイト先の人達とか」 「それはわかるけど」と僕は言った。「こんなにたくさん?ひょっとして君、知り合った男全員に義理チョコあげる気?」 「義理じゃないよ」と君は言った。「だってあたし、みんなのこと好きだもん。好きな人達にあげるチョコは、義理じゃないでしょ?」 そう言って君はにっこりと微笑んだけれど。正直なところ、僕は面白くなかった。 君は誰にでも優しくて、誰からも愛されてて。僕は君のそんなところがすごく好きで、尊敬すらしているけれど。でも僕は、わがままで偏屈で他人にあまり愛されない僕は、それじゃ納得できないんだ。他の男達ににこやかにチョコレートを配る君を見るのは嫌なんだ。この世の中でたった一人、ただ僕のためだけにチョコレートを作ってくれる君でなけりゃ嫌なんだ。ねえ、本当の僕はこんなに幼稚で了見の狭い男なんだよ。君に愛される資格なんて、ほんとは無いのかもしれないね。 「ねえ、チョコレート、僕のはないの?」と僕は不機嫌な声で言った。 君はふっふっふ、と不気味に笑い、「もちろんあるよ。とっておきのが」と言った。そして君が取り出してきたのは冷蔵庫の扉に両端が引っかかるくらいに見事に大きなラッピング・ケースだった。その異様な大きさは僕に結婚式の引き出物によくある陶器の大皿を連想させた。 「な、なにこれ」と僕は呆気にとられながら、言った。 「何って、チョコレートよ」と君は言った。「さ、開けてみて」 巨大な箱のラッピングを苦労して開けると、そこにはいびつなハートの形をした座布団みたいに大きなチョコレートが入っていた。 「すごい」と僕は言った。 「すごいでしょ」と君は言った。「ユキオ君のは、特別製」 「ここにある100個のチョコレート、100の『好き』の気持ち全部足したよりも、ユキオ君が大好き。ってゆう意味」 僕は思わず苦笑いした。 このいびつに歪んでて、だけど両手に余るくらいに大きなチョコレートは。君の愛情の形を示すにとても相応しいよ、と僕は思った。ちっぽけな僕にはあまりに大きすぎる。とても食べきれないほどに。 ねえ、いつになるかはわからないけれど、僕は君に相応しい男になってみせるよ。 君のくれたこのチョコレートに釣り合うくらい大っきくて、フトコロの広い男になってみせるよ。 僕はそんなことを考えながら、いささか砂糖のききすぎた君の甘い甘いチョコレートをかじり始めた。 この大きさじゃ、食べ終わるのはいつになることやら。 |