第六回
「新年最初のお願い」

  神社の参拝客が行き交う圧倒的な人混みの中、僕と君はうつむきながら無言で歩いていた。
  僕たちの2000年は、最悪の形で幕を開けた。


  きっかけは僕の些細なミスだった。

  大晦日、11時にバイトを終える予定だった僕は、二人一緒での年越しに間に合わせるために君を駅に呼びだしていたのだった。
  が、結論から言うと、僕たちは2000年を一緒に迎えることができなかった。
  僕は迂闊にも、君に駅の何処方向の出口で待っていればよいのかを言い忘れていたのだ。
  人混みの駅構内、君を捜して東へ西へ走り回っている間に虚しくカウントダウンが始まり、僕は息を切らせながら見知らぬ人々と共にその歴史的瞬間を迎えた。南口で君を見つけることに成功したのは実にそれからたったの5分後のことだった。
  もちろん君は烈火のごとく怒り狂っていた。僕も走り回ってイライラしていたせいで熱くなって反論しだし、もうこれ以上罵りようがないくらいまで互いに罵りあった後、二人とも終始無言のまま歩き始めたのだった。


  やれやれ。せっかくの2000年なのにな、と僕は溜息をついた。
  確かに場所をきちんと明示しなかった僕が全面的に悪いのだ。本当のところを言えば、僕は君にぺこりと頭を下げてしまいたかった。僕が悪かった、ごめんなさい、機嫌を直して下さい、と言って終わりにしてしまいたかった。でもその一言がなかなか言いだせない。それはいわば無条件降伏することと同じだ。ここで卑屈な態度を取ればますます君のワガママを増長させるだけなのだ。だから僕は頑なに謝罪を拒んでいた。


  真夜中の神社境内は人で溢れかえっていて、むしろコートを脱ぎだしたくなるくらいに熱気を帯びていた。
  お参りを済ませた人々が幸せそうな顔で階段を降りてくる。着物を着た可愛い小さな女の子がその身体に不釣り合いなほどの大きな破魔矢を抱えて嬉しそうに走り回っていて、僕たちはそれを避けるようにして階段を登っていった。目が合った瞬間女の子がニッと微笑んできたので、僕もつられて微笑んでしまった。周りの人に見られて恥ずかしかったけれど、悪い気分ではなかった。

  僕はほんの少しだけ後ろをついてくる君を振り返った。君は泣き出しそうな顔してうつむいていた。きっと喧嘩したことを後悔してるんだろう。僕と同じで。
  ほんの一言でいい。どちらかが何かきっかけになる言葉を言い出せば、この喧嘩は終わる。僕はなぜか今、それを確信していた。

  そして階段の頂点にある賽銭箱の前に辿り着いたところで、ついに僕が先に折れた。
  賽銭箱に100円玉を投げ入れ、合掌し目を閉じた後、僕は君の耳にはっきりと届く音量で無条件降伏を認めるその言葉を呟いた。

「誰かさんの機嫌が早く直ってくれますように」

  君が驚いて僕の顔を見つめる。僕は薄目でそれを確認し、後は知らないふりをした。君がどう出るかをうかがうことにしたのだ。
  君はしばらく立ちすくんだ後、財布から500円玉を取り出して賽銭箱に放り投げ、そしてこう言った。
「ユキオ君と仲直りができますように」

「もう二度と、つまんないことでケンカなんかしないで済みますように。
いつまでもユキオ君と仲良く一緒にいられますように」

  僕はちらっと君をのぞき見た。すると君も同じように僕をちらっと見ていて、ほんの一瞬目が合った。それがなんだか可笑しくて、僕たちは二人して大声で笑い出した。
  僕たちはつのりにつのらせていた新年を迎えた喜びを一気に取り戻そうとするかのように、いつまでも笑いあっていた。



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