第五回
「ミレニアム・イブの大掃除」

  耳元に掃除機の唸る音が聞こえ、僕は目覚めた。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」と君が小さく舌を出す。
  隣でそんな騒音立てられりゃ誰だって起きるよ、と僕は眠い目をこすりながら思った。
「今日は大掃除するって、言っておいたでしょ。さ、早く起きて起きて。布団しまっちゃうから」と言って、君は僕を抱え起こす。
  僕は仕方なく立ち上がり、片づけ途中の地獄絵図のような部屋の中を物を踏まないようにふらふらと横切り、洗面台に向かった。その途中、部屋の隅に見慣れない雑誌の束を確認し僕は仰天した。それは君がこの部屋にやってきた時以来、ずっと隠しておいたはずのエロ本だった。
「ね、ねえ、その雑誌類、どこにあったやつ?」と僕は恐る恐る訊いてみた。
「押入れの奥にあったやつ」と君は答えた。「邪魔だから全部捨てるつもりだけど。だめ?」
「いや、別にいいんだけど」
「そう」
  と、君はなんだかほっとしたような素振りで言った(気のせいだろうか?)。女心というのはよくわからない。
  僕は気まずさを紛らわす意味も含めて早口で訊いてみた。「何か手伝えることあるかな」
「うーん、そうね」と君は首を傾げる。
「じゃ、窓ガラス拭いて。バケツと雑巾はお風呂場にあるから」


  外側のガラスを拭くために窓を開けベランダに出てみて、なぜ君が僕にこの仕事を任せたのかを瞬時に理解した。
  寒い。特に今日は凍り付きそうなほどの寒風が絶え間なく吹き荒んでいる。僕は歯をガチガチと鳴らしながら雑巾をしぼり、仕事に取りかかった。
  まったく、こんな思いをしてまで窓なんか綺麗にする必要があるのかよ。と、子供のころ掃除当番をサボり続けていたタイプの典型である僕は思った。
  でも、頑張ったら、君が誉めてくれるだろうから。綺麗になったねって、君が喜んでくれるだろうから。ここは一つ、気合い入れてピカピカに磨き上げてみせようかな。

  僕は小さくくしゃみを一つした後、それから黙々と窓ガラスを磨き続けた。
  全身を動かしているせいか、なんだかさっきよりも身体が暖かく感じられるような気がした。



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