「去年のクリスマス、僕はサンタクロースだった」 駅前の人混みの中を歩きながら、僕は隣で鼻をぐずつかせている君にそう言った。どこからかワム!の「ラスト・クリスマス」が流れてくるのが聴こえる。気がつけばもうクリスマスは目と鼻の先だった。 「サンタの衣装を着て、街頭でケーキを売ってたんだ。それはそれは虚しい仕事だったよ」 君はマフラーに顔をうずめるようにしながら僕の方をちらりと向いただけだった。そうとう風邪がひどいんだろう。家で休んでろとさんざん言ったのに、一緒に行くと言い出したら聞かないところは小学生と一緒だ。困ったものだ。 「僕が思うに、誰かに幸せを分け与えることが出来るのは自分自身が幸せに満ちた人だけなんだ」 僕は続けた。「去年の僕は一人きりで、惨めで、不幸で。幸せそうに僕からケーキを買っていく家族やカップル達が猛烈に憎くて、妬ましかった。クリスマスなんて無くなってしまえばいい、みんな死んでしまえばいいと思いながら愛想笑いでケーキを売りさばいてた。最低のクリスマスだった」 僕は人混みの中ではぐれてしまわないように、君に身体をすり寄せた。しばらく後に手のひらに暖かな感触がした。君が僕の手を握っているのだ。 「今年のクリスマスは?最低?それとも最高?」と君は僕に訊いてくる。 「さて、どっちだろうね」と僕は笑って答えた。君の左手が僕の肩を叩く。右手はしっかりと繋ぎあったまま、君の体温が僕の手のひらをじっとりと汗で濡らしていた。君は僕の耳元に口を寄せ、そしてこう呟いた。 「今年のクリスマス、ユキオ君はあたし専属のサンタさんだよ」 それを言うなら、と僕は思った。 君こそほんとの、僕のたった一人の大事なサンタクロースだよ。 だってほら、君は既にもうこんなにもたくさんの幸せを僕に分け与えてしまっているから。 |