第三回
「イチゴシロップと今年の初雪」

  夜通し降り続けた今年の初雪がこの街にうっすらと白いベールをかけ、嬉しそうに買い物に出かけていった君が買ってきたのはなんと「かき氷のシロップ」だった。
「よくそんなもの今の季節に売ってたもんだね」と僕は呆れた。
「えへへ。ユキオ君も食べる?雪」
「…遠慮しとくよ」
  君はガラス鉢を抱え、窓ガラスの外の手すりに積もった僅かな雪を掻き取り始める。
  こぼれ落ちてゆく雪がきらきらと輝き、僕は思わず瞳を瞬く。
  君の小さなその手のひらはまるで、魔法みたいだなと僕は思った。君の手のひらが世界を輝かせ、僕の心に感動を運ぶ。
  君はいつもいつも突拍子もないことを言い出しては僕を困らせ、時には怒らせたりもするけれど。なんだかんだ言っても退屈しないんだよね、君といると。ねえ、僕はそんなことを考えながら、君と暮らしているんだよ。君はちっとも気づいちゃいないだろうけど。

  ガラス鉢いっぱいの雪を持ち帰り、君はその上にイチゴのシロップをかけ始める。柔らかなピンクに溶けてゆくその雪は見事にどこからどう見ても「かき氷」だった。僕はちょっと驚いた。
「いただきまーす」と言って、君はスプーンを口に運ぶ。
「美味しいの?それ」と僕は、当然といえば当然の質問をした。
  しばらくの沈黙の後、君は苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「東京の雪は、美味しくないみたい。でもね、あたしの居た北海道の雪は美味しかったんだよ、ほんとだよ」

  雪の味が、違う?  ほんとかなあ。
  君はたぶん思い出を美化しすぎているだけなんだよ、と僕は言おうとした。でも、やめた。余計なことは言うもんじゃないよね。
  せめて君の心は綺麗なままで、手つかずのままでいて欲しいと。純白に輝くあの雪のようでいて欲しいと。そう僕は願うばかりだ。


  どうせいつかは何色かに染められてしまう心ならば、僕らの色は君が今年の初雪にかけた、あのイチゴのシロップのようでありたいものだよね。



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