夜通し降り続けた今年の初雪がこの街にうっすらと白いベールをかけ、嬉しそうに買い物に出かけていった君が買ってきたのはなんと「かき氷のシロップ」だった。 「よくそんなもの今の季節に売ってたもんだね」と僕は呆れた。 「えへへ。ユキオ君も食べる?雪」 「…遠慮しとくよ」 君はガラス鉢を抱え、窓ガラスの外の手すりに積もった僅かな雪を掻き取り始める。 こぼれ落ちてゆく雪がきらきらと輝き、僕は思わず瞳を瞬く。 君の小さなその手のひらはまるで、魔法みたいだなと僕は思った。君の手のひらが世界を輝かせ、僕の心に感動を運ぶ。 君はいつもいつも突拍子もないことを言い出しては僕を困らせ、時には怒らせたりもするけれど。なんだかんだ言っても退屈しないんだよね、君といると。ねえ、僕はそんなことを考えながら、君と暮らしているんだよ。君はちっとも気づいちゃいないだろうけど。 ガラス鉢いっぱいの雪を持ち帰り、君はその上にイチゴのシロップをかけ始める。柔らかなピンクに溶けてゆくその雪は見事にどこからどう見ても「かき氷」だった。僕はちょっと驚いた。 「いただきまーす」と言って、君はスプーンを口に運ぶ。 「美味しいの?それ」と僕は、当然といえば当然の質問をした。 しばらくの沈黙の後、君は苦虫を噛み潰したような顔で言った。 「東京の雪は、美味しくないみたい。でもね、あたしの居た北海道の雪は美味しかったんだよ、ほんとだよ」 雪の味が、違う? ほんとかなあ。 君はたぶん思い出を美化しすぎているだけなんだよ、と僕は言おうとした。でも、やめた。余計なことは言うもんじゃないよね。 せめて君の心は綺麗なままで、手つかずのままでいて欲しいと。純白に輝くあの雪のようでいて欲しいと。そう僕は願うばかりだ。 どうせいつかは何色かに染められてしまう心ならば、僕らの色は君が今年の初雪にかけた、あのイチゴのシロップのようでありたいものだよね。 |