第二十四回
「節分と豆拾いと君の誤解」

「鬼はー外」

  玄関を開けた僕の額にいきなりぶつけられてきたのは、君が放った豆の粒だった。僕はあまりに唐突な事態に目を白黒させながら、君の持っている豆の入った袋を見やった。
  そうか、今日は節分だったのか。すっかり忘れていた。
  しかし、それにしても、いきなりぶつけてくることはないじゃないか。しかも額に。目に入ったらどうするつもりだったんだ。「ひどい」と僕は憤慨した。しかし君は僕の憤慨などお構いなしに「ごめんごめん、あんまり帰り遅かったからちょっと腹いせにね」と言った。
  腹いせ?
 腹いせの一撃だったのか、と考えている間にもう次の豆が飛んでくる。
「鬼はー外。福はー内」
  景気良くばらまかれる豆は結構痛く、僕はたまらず身をよじった情けない格好でそれを受けた。そして「後で掃除するの大変だな」などと所帯じみたことを考えながら、面倒くさそうにまた玄関を開けた。しかし外の冬風があまりに寒かったので、僕は形式的に一度外に出た後は回れ右してすぐに部屋に飛び込んだ。いちおうこれで「鬼が外に出ていった」ことにはなったので、君も満足するだろう。と思ったら君は僕に豆の袋を手渡して、こう言う。

「はい、次はユキオ君の番。あたしが鬼やるから、豆ぶつけていいよ」

「え?」と僕は言った。「僕が、君に、ぶつけるの?」
「だって、他に鬼の役する人いないでしょう」と君は言った。「交代でやるしかないでしょ。いいよ、遠慮なくぶつけちゃって。さあ」
  君が拳を握りしめ、仁王立ちになってぎゅっと目を瞑る。どこからでもかかってこい、と言わんばかりの気合いの姿勢だ。その姿があまりに馬鹿馬鹿しくておかしかったので、僕は苦笑しながら君に近づき、その固く結ばれた唇にいくつか豆粒を無理矢理ねじりこんでやった。君は予想外の事態にびっくりしながら、突然口の中に飛び込んできた豆をぼりぼりとまるでリスみたいに音を立ててかじった。
「びっくりした、何するのよいきなり」と君は怒った声で言った。
「さっきびっくりさせられたお返しだ」と僕は言った。「さ、くだらないイベントはもうお終い。ホウキ持ってきて、この散らばった豆どうにかしないと」
  僕が淡々と床一面の豆を拾い始めたので君も慌てて手伝い始めたが、君は納得いかない様子で「何よ、かっこつけちゃって」と言った。
「女相手だからって豆もぶつけられないって?ふんだ、そんな優しさ嬉しくないもん。
むしろこういうノリにはつきあってぶつけてくれるのがほんとの優しさでしょ、違う?」

  違わない、と僕は言った。
  君の言っていること自体はまったく正しいよ。その通りだ。だけど君は根本的なところで誤解をしている。僕は、君に豆をぶつけることが嫌なんじゃないんだ。僕が豆をぶつけて君が玄関を出ていくところを見るのが、それが嫌なんだ。君をこの部屋から追い出す、そんなことが僕に出来ると思っているのか?そんなことも見抜けず勘違いするようでは、君もまだまだだな。
  僕は一人勝ち誇ったようにふっと小さく笑って、掃除に夢中な君のお尻に豆粒を一つこっそり放ってぶつけてみた。鈍い君が当然気づくわけもなく、豆粒はことんと小さな音を立てて床を転がる。僕は君に伝わらなかったその豆粒を自分で拾い、がりがりと派手にかじってやった。わざと君に聞こえるくらい大きな音で。


  君を追い出すことなんて、僕にはできない。絶対にできない。鬼だろうが災いだろうが、甘んじて受け入れるさ。
  君をここにとどまらせるためならね。


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