第二十回
「七夕と洗濯物ハンガーと君の願い事」

  6件目のスーパーにも、その向かいの花屋にももちろん笹の葉は置いていなかった。もうこれで駅前のめぼしい店は全滅だ。

  学校帰りのついでに笹の葉を持ってきて、と君に頼まれたのはいいけれど、笹の葉は店で売っているもんじゃないということに気がついたのはつい今さっきのことだ。となると、どこかに自生している竹林から取って来る以外に方法はないのだが…この街で竹林なんて見かけた覚えはまるでなかった。いちおう知る限りの公園や野原に立ち寄って調べてはみたが、やはり竹は見つからなかった。時間も遅くなっていたので、僕は諦めて家に帰ることにした。


「えーっ、笹ないのー?」
  右手に紙束を握りしめながら、君は言った。どうやらこれが願い事を書いた短冊らしい。
「ごめん、一生懸命探したんだけど…結局、見つからなかった」
  僕は素直に頭を下げた。僕が謝る形にしておかないと、意地の張り合いでまたつまらないケンカが始まりだすのが目に見えていたからだ。その辺は君も心得たもので、「しょうがないわねぇ」といった表情を軽く見せたきりそれ以上の追及をしてこなかった。長く一緒に暮らしていると、自然に互いの呼吸のようなものが確立されていくものなのかもしれない。

「でも、これどうしよう。せっかく書いたのに…」

  悲しそうな瞳で紙束を見つめる君。何を書いたんだか知らないけれどすごい枚数だ。いい年して七夕の願い事なんかにそこまでの情熱を燃やすなんて、ほんとうに君は子供っぽいと思う。だけど、君のそんなわがままで唐突なイベントに結局いつもつき合っている僕も人のことは言えないよな、なんて時々落ち込んだりもする。でもまあ、それでもいいかと最近は思ってる。くだらなくて子供っぽいことだって、君が楽しいと感じることなら。僕はいつでも喜んでお供させてもらうことにする。

「よし、じゃあちょっと待ってて。いいこと考えた」

  僕はそう言って奥の部屋のガラス戸を開け、ベランダに出た。ベランダの手すりには無数の洗濯ばさみが吊り下げられた、ツリー式の洗濯物ハンガーがいくつか掛けられていた。僕はその中の一つを担いで、部屋の中に持ち込んだ。
「笹の葉と比べると著しく情緒性に欠けるけど。代用品ということで、これに吊そう」
  僕は高々とハンガーを掲げた。洗濯ばさみがじゃらじゃらと景気の良い音を立てて揺れた。君はぷっと一度吹き出した後、やがてこらえきれないと言った表情でげらげらと笑い出した。
「あはは、何それ、洗濯物ハンガーじゃない。吊せればいいってもんじゃないでしょ」
「だめかな?」
「うーん、もういいや、それで。吊しちゃえば一緒、一緒」
「だよね」

  そんな具合にして僕たちは、ストッキングならぬ短冊を一つ一つ丁寧に洗濯ばさみに取り付けていった。短冊にはお約束で「宝くじが当たりますように」だとか「もう少し胸が大きくなりますように」だとか、そして「ユキオ君といつまでも仲良く幸せに暮らせますように」だとか書かれていた。僕はその最後の短冊をしばらく手にとって眺め回した後、いちばん手前の良く目立つ場所に吊しておいた。神様が少しでも優先で願いを叶えてくれることを期待して。



  というわけで、現在僕の部屋には笹の葉の代わりにハンガーがぶら下がっている。洗濯物を干しているわけでは、ない。さっき間違えて取り込みそうにはなったけれど。



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