第二回
「クリスマス・キャンドル」

  まさに世紀末的な金欠に見舞われた今年のクリスマスときたら、そりゃあ惨めなもんさ。

  クリスマス・イヴ、おまけに今夜12/24は君の誕生日でもあるというのに、僕になんとか用意できたご馳走といえばケンタッキーフライドチキン、そしてケーキは近所のスーパーの売れ残りときたもんだ。いくら君が「それでいい」と言ってくれたからって、あんまりと言えばあんまりに惨めな二人の初クリスマスに、僕は自分の不甲斐なさを感じずにはいられなかった。
  でも君はそんなことまったく気にしちゃいないようだった。
「ねえねえ、ケーキのロウソク貰ってきてくれた?」と君は嬉しそうにはしゃぎながら言う。
「貰ってきたよ。ちょうど20本」
「わーい、じゃ、さっそく火つけようよ。ほらほら、ケーキ出して出して」
  コタツの上にはすでに君が用意した子供用シャンパンとグラスが行儀良く並んでいた。なんて気の早い奴なんだ。僕はやれやれ、と溜息をつきながら箱を開けケーキを取り出した。
  君は鼻歌なんか歌いながら蝋燭を順番に並べて差していく。そういえば、君はよく「蝋燭を吹き消す」という儀式に憧れているんだ、なんて話していたっけね。

「あたしの育った家庭といったら、そりゃあもう複雑でね。クリスマスに家族が揃ったことなんか一度もなかった。自分で買ってきたケーキを独りでぼそぼそと食べて、その時、思ったの。いつか、本当に幸せだと思える食卓を、自分でつくるんだって。あたしが本当に好きだと思える人を見つけることができたその時には、その人と一緒にケーキのロウソクを吹き消してみたい、って。
それがあたしの、ささやかな夢だったの」

  僕はライターで蝋燭の一本一本に火をつけていった。
  君が部屋の電気とテレビを消して、奇妙な静寂がやってくる。
  ゆらゆらと揺らめく20本の蝋燭の光。その言いようのない美しさに魅入られて、僕らはおし黙ったまましばらく互いを見つめ合っていた。
  僕は君を幸せにしてあげられているのかなんて、考えたこともないけれど。今日、この夜の僕らの食卓は、ひょっとしたら君の探してた「幸せな食卓」ってやつに近いんじゃないだろうか。そうだといいな。僕は心からそう思った。
  僕らはゆっくりと息を吸い込み、そして目の合図で同時に一気に吐き出した。脆弱なその20本の光はまるで君の短い20年の歳月みたいにたちまちに吹き消され、真っ暗になった部屋の中で僕らはくすくすと笑いあった。
「メリー・クリスマス」と僕は言った。
「メリー・クリスマス」と君も言った。
  僕らは暗闇の中で、消えていったその儚い光を名残惜しむようにいつまでも見つめ合っていた。

  僕らの初クリスマスは、そんな風にして過ぎていったとさ。



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