「昔ね、五つ葉のクローバーを持っていたことがあるの」 辺り一面のシロツメクサが風にそよぐ昼下がりの河原の土手で、突然君が呟いた。 君はまるで干した布団みたいにその小さな身体をいっぱいに広げ全身に陽の光を浴びていた。光合成でもしてるんじゃないかと思ったくらいだ。 「五つ葉?四つ葉じゃなくて?」 と僕は言った。太陽の暖かさと河からのそよ風のあまりの心地よさに、僕は何度も微睡みに意識を持っていかれそうになるのを寸前でこらえるのがやっとという有り様だった。君に無理矢理連れてこられた日向ぼっこで、まさか君より先に眠ってしまうわけにはいかない。 君はふふんと笑った。「四つ葉のクローバーなんてそんなに珍しいものじゃないでしょ?でもね、五つ葉ってのは滅多に無いのよ。 ヨーロッパでは五つ葉は昔から『ゴールド・クローバー』と呼ばれて珍重されていたの。四つ葉以上の幸運、最高の幸運を招くアイテムとしてね」 「へえ」と僕は言った。「詳しいんだね」 「まあね」と君は苦笑した。「これでも昔は花言葉とか大好きな、夢見る乙女だったのよ」 僕らの身体の上をひらひらとモンシロチョウが飛び越えてゆく。僕はその不確かな軌跡をなんとなく目で追い始めた。空は馬鹿みたいに青く、風は早春の若草の匂いを鼻孔に優しく運んでいた。 「五つ葉のクローバーを偶然見つけた日からずっと、あたしはそれを押し花にして身につけてたの。最高の幸運とやらがあたしにも訪れますように、って。 でも幸運なんていつまで待っても来やしなかった。それどころかあたしは日に日に不幸になってくばかりで、ついには家を飛び出しちゃった。何もかも、御利益なんて全然なかったあの五つ葉のクローバーごと全部置き去りにしたまま」 モンシロチョウが河を越えて飛び去ってゆく。その白くまっすぐな軌跡はまるで青空に溶けてゆく一筋のひこうき雲のようだった。僕は見上げた空から差し込む陽の光の眩しさに思わず目を瞬いた。 「僕があげるよ」 と僕は言った。そして手元に生えていたシロツメクサを手に千切り、くるくると丸め始めた。 「えっ?」と君が訊き返す。 「僕が代わりにあげるよ、って言ったんだよ。 五つ葉のクローバーの代わりに。『最高の幸運』を、君に」 僕は丸めて編んだシロツメクサを君に差し出した。 「はい、これがその誓いの指輪。 どうぞお受け取り下さい、お姫様」 君がくすくすと小さく笑う。それはまるでそよ風みたいに優しい微笑みだった。 「ずいぶんと安っぽい誓いの指輪なのね」 「嫌ならあげないけど」と僕は言った。 「ううん、やじゃないよ。どうもありがとう、王子様」 「どういたしまして」 僕にとっての最高の幸運。それはね、君に出会えたことなんだよ。 僕は五つ葉のクローバーなんていらない。何にもいらない。君以外には何も。 |