第十三回
「コーヒーミルク・クレイジー」

  僕はコーヒーが苦手だ。
  飲めと言われて飲めないことはもちろんないのだが、正直言ってあまり美味いとは思えない。まして自分から積極的に金を出して飲みたいだなんて気には絶対にならない。だから、僕の朝は誰が何と言おうとコップ一杯の冷たい牛乳から始まる。22年間一度として欠かした朝はない。
  だけど君はそんな僕とはまるで正反対で、朝は必ずコーヒーから始める。なんでもお腹が弱くて冷たい牛乳は飲めないんだとか。なんて可哀想な。あの起き抜けに飲む、きりきりに冷えた牛乳の美味さを知らないなんて。
「コーヒーを飲めないヒトのほうがどうかしてると思うけど」と君はむっとした顔で言う。
「牛乳飲めないほうがよほど可哀想だ」と僕は返す。
  それが僕たちが出会って最初の頃の、朝だった。


  今では君はすっかりカフェ・オ・レに趣旨替えしてしまっていた。毎朝毎朝、目を輝かせながらコーヒーとミルクの分量の加減調整に夢中になっている。
  君がいつも作りすぎるカフェ・オ・レのおかげで、僕は22年間守り通してきた牛乳一筋の掟をついに破る羽目になる。まったくもっていい迷惑だ。
「ねえ、どう?今日の味は」
  せっかちな君は僕がまだ飲んでもいないうちから感想を訊いてくる。
  カセットデッキからは懐かしのフリッパーズ・ギターが流れる。間の抜けた甘い声が穏やかな朝の空気に不思議とよく合っていた。
「うん、美味いよ」と僕はいつもの気のない返事をする。でも悔しいけれど確かに、美味い。僕の苦手なコーヒー独特の苦みがない。これなら僕でも飲める。
  君はふふふっと笑って、言う。「あたしは冷たい牛乳がダメで、ユキオ君は苦いコーヒーがダメ」

「でもそんな二人の苦手なもの同士を一緒に混ぜたら、こんな美味しいものが出来るなんてね。
それってなんだかとても素敵なことだと思わない?」



  僕が22年間続けた朝の決まりをいとも簡単に変えてしまった君。今では僕ももう立派な「Coffe-milk Crazy」だ。
  僕はこうして少しずつ君に変えられていくんだな、と思った。でもそれは悪い気分じゃなかった。君に変えられるんなら、どんな僕になったって。それはそれでかまわない。むしろこの先僕が君によってどんな風に変えられていくのか、それを見届けるのが楽しみで楽しみで仕方ないんだ。

  これからもこんな風に二人なんとなく混ざり合っていけたら、いいね。
  君が作ったあのコーヒー牛乳みたいに二人で美味しくなれたら、いいね。



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