第十二回
「魔法の黄色い靴」

  初めて君に出会った日は夏の終わりで、君は黄色いサンダルを履いていた。
  パトリック・コックスの(さすが元・金持ちだ)まるで向日葵のように鮮やかな黄色にエナメル・コーティングされたストラップ式サンダルが、君のすらっとした素足にぴたりと似合ってて。僕はその時(去年の夏の終わり)からずっと、玄関にこの靴を出しっぱなしにしている。
「冬にサンダルなんか履かないんだから、しまおうよ」と、根が整頓好きの君はぶつぶつ文句を言う。だけど僕はこう答える。
「これはね、おまじないみたいなもんなんだ」
「おまじない?」
「そう、おまじない」

「帰ってきて玄関にこの靴がある限り、君はまだこの家に居るって。
君はどこにも逃げて行ってないって、そういうおまじない」


  君はしばし無言で立ちつくした後、ぷっと笑って言った。「変な人」
「そんなに変かな?」と僕は頭を掻いた。
「変よ」と君はなおも言う。

「あたしがユキオ君を置いてどっかに行ったりするわけないじゃない。
そんなに居て欲しいんだったら、いつまでも居てあげるわよ。来年の夏も、そのまた来年の夏も。
夏が来るたびこのサンダルを履いてあげる」



  僕は疲れ果てた一日の終わり、玄関にこの黄色いサンダルがあるのを見るだけで、ほっとした気持ちになれるんだ。君が居ることただそれだけの幸せを噛みしめることができるんだ。
  ねえ、君の知らない間に、僕はこの靴に魔法をかけてあるんだよ。たとえどれだけ僕の元から遠く離れようとも、君を連れて再びこの家に戻ってくるように。

  魔法の黄色い靴。



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