夏の終わりに君が僕の部屋に転がり込んで来てからもう三ヶ月が過ぎようとしていて、その日僕が大学から帰ると君はちょうど着替えの真っ最中だった。 「おかえりー。どうだった、外、寒い?」と君が言う。 僕は答える。「寒い寒い。ところで、今から着替えてどこ行こうとしてるの?」 「ん、晩ご飯の材料買いに行くの。今夜は鍋にしようと思って」 鍋。そうか、もうそんな季節が来たんだな、と僕は思った。鍋か。悪くない。 「じゃ、ちょっと行って来るね」と君は言い、玄関で靴をはき始める。 そのとき、僕は君がどこかで見たことのあるコートを着ていることに気がついた。ダッサダサの紺色の、見るからに安物臭い流行遅れの小さなダッフル・コート。それは僕が中学生の頃、冬の通学用に使っていたものだということを僕は思い出した。いったい君はどこからそんなものを持ち出してきたんだろう? 僕の視線に気がついた君は、コートのはしをつまんでみせて言う。「これあなたのでしょ?タンスに入ってたから、借りちゃった」 「いや、借りるのはかまわないんだけど、なんで今さらそんな古いの着るの」と僕は言った。 「だってあたし、冬服持ってないんだもん」 そうだった。君は今年の夏にこの部屋に転がり込んで来て、僕らはこれから初めての冬を迎えようとしているのだった。僕は君の冬服やコートが必要だなんて当たり前のことにも考え及ばず、そんな自分の配慮の無さに今さらながら恥ずかしくなったりもした。 「じゃあ、冬服は明日一緒に買いに行こう。とりあえず今日は僕のコート着ていきなよ、そんなダサイのしまっておいていいから」と僕は言った。 けれど、君は首をぶんぶん振って、言う。 「あたし、いいよ、これで。充分あったかいもん。それになんだかユキオ君の匂いがして、結構気に入ってんだ、コレ。えへへっ」 そう言って靴紐を結び終えた君は立ち上がり、玄関の扉を開けた。 ぱたぱたと寒空の下を走っていくダッサダサの格好した君を見送って、僕はふとあのダッフル・コートを着ていた頃の自分を思いだした。ダッフル・コートが僕の身体の成長に合わせて窮屈になっていったように、この世界がどんどん窮屈で居心地の悪いものになっていった、あの頃。とにかくいつも不機嫌で、自分を大きく見せかけようとばかり考えていて。高校に入った僕は、もはや小さすぎて着れなくなってしまった格好悪いそのダッフル・コートを、厄介払い同然に脱ぎ捨てた。 でも月日は過ぎ、今僕はこうして君と、それなりに上手くやっている。僕にとって世界はもうそんなに窮屈なものじゃなくなっていた。僕が脱ぎ捨てたはずの小さなダッフル・コートにすっぽりと収まり、結構気に入ってんだ、なんて言って笑う君を見て、僕はもうあのコートを、ちっぽけで格好悪かったあの頃の自分のことを、いつの間にか憎いとは思わなくなっていたんだな。なんてことを思ってもみた。 君はタンスの引き出しと一緒に、僕の心の引き出しまでもを開けてしまったんだね。 |