日記傑作選〜「例え話」編〜
02/3/18

 例えば、つきあって初めてのクリスマスを迎えようとするカップルの話。

 男の子は苦労してクリスマス・イブに合わせて一流ホテルを予約し、嬉しそうに女の子にそれを告げる。でも、女の子は喜ぶどころか眉をひそめてしまう。そして悲しそうに言う、私は親の言いつけで外泊が許されていないのよ、何度もそう言ってるじゃない、と。
 男の子は説得する。何も毎回毎回泊まってくれと頼んでるわけじゃない。クリスマス・イブ、一年でたった一日の特別な日くらいは親を騙したっていいじゃないか。友達の家でパーティーをやってそのまま泊まる、とでも嘘の電話を入れればいいじゃないか。でも女の子は首を振り続ける。あなたと朝まで一緒にいたいのはやまやまよ。でも私は、親に嘘をつけない。それだけはできないの。
 男の子はそれでも説得する。もうホテルは取ってしまったんだ。親に一度限りの嘘電話を入れる、たったそれだけのことで僕たちは最高の夜を過ごすことができるはずなのに。どうしてそんな簡単なことができないんだ。女の子は無言でそれを聞いている。そしてしばらくの沈黙の後泣き出してしまう。男の子はさめざめと泣き続ける女の子を前にしながら目を閉じる。どうしてこうなってしまうのだろう。僕はただ君を幸せにしたいだけなのに。本当にばからしい。
 どうしてこうなってしまうのだろう――――









 最近のクソつまらない「ちょびっツ」で無意味に一人愛嬌を振りまいているちぃたんを見ている僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


02/5/23

 例えば、今まさに別れようとしているカップルの話。

 アパートの玄関で靴紐を結んでいる男の子の背中に向かって女の子は語りかける。最後に一つだけ教えて、私のどこが悪かったの?
 男の子は振り向かずに答える、君は一つも悪くなんかないよ。悪いのは僕だ。この部屋にあるものは全部君にあげるから好きにしていい、テレビも、パソコンも、洗濯機も、炊飯器も…
 嘘よ。女の子が男の子の声を遮る。私に魅力を感じなくなったから出て行くんでしょう? 貴方が可愛いと言ってくれたのは三年前、まだ女子高生だった私なんだものね。それがOLになって一緒に暮らし始めたら、だんだん貴方は私のことかまってくれなくなって…ねえ、何がいけなかったのかな? 私はこの三年間で何をなくして貴方に嫌われてしまったのかな? それだけでいいから教えていってよ。でないと私、納得できないよ。
 女の子の嗚咽を背中に感じながら男の子は答える。君は何もなくしてなんかいないよ。むしろいろんなものを身につけていったじゃないか。化粧の仕方を覚えた。目上の人には敬語で喋れるようになった。料理が作れるようになった。セックスだって上手になった。君は何一つ失ってなんかいない、むしろ何一つ持っていなかった三年前よりずっといい女になったよ。でも、それが、僕には窮屈だったんだ。いつの間にか僕を追い越して、ぐんぐん前を走って行ってしまう君を見るのが辛かったんだ。それである日気がついたんだよ、いつか君が本当の僕の弱さや愚かしさを見抜き幻滅する日が来てしまうだろうってことに。僕にはその時を想像するのが耐えられない。だから今、出て行くんだ。逃げるんだよ。
 もう僕のことは忘れてくれ。それが君のためなんだ―――









 今週ついにアニメちょびっツを見忘れ、言葉を覚え始めたちぃに急速に興味を失い始めている僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


02/9/7

 例えば、つきあい始めてしばらくになる大学生カップルの話。

 女の子は人と触れあうのが好きで、積極的に外に出かけていく。男の子にはそれが気に入らない。数少ない休日は全部、自分とデートするためだけに使って欲しいのに。女の子の中で男の子とのデートの優先順位は低い。あなたと会っている時が一番幸せなのよ、と女の子はいつも困った顔で男の子をフォローする。でも男の子は納得しない。いつも憮然とした表情で女の子を見送る。
 ある日、女の子は新しいアルバイトを見つけてくる。若者の集まる裏通りにある、小さいけれどお洒落な飲み屋のウェイトレス兼バーテンダーのような仕事だ。その内容を聞いた男の子はついに積もり積もった不満を爆発させる。どうしてまたよりにもよって、そんな仕事を選ぶんだ。酔っぱらった男共にちやほやされるのがそんなに好きなのか。だったらもっとてっとり早く、ホステスでも風俗嬢でもなんでもやればいいじゃないか。
 女の子は悲しそうに呟く。そんなつもりじゃないっていつも言ってるじゃない。どうしてわかってくれないの。
 でも男の子は聞く耳もたないといった様子でぶんぶん首を振る。結局、お前はそういう女なんだよ。ちやほやしてくれる男なら誰だっていいんだ。俺じゃなくたって―――
 ばちっ。女の子の右手が男の子の頬を打つ。男の子の言葉はそこで途切れ、後には重い沈黙が横たわる。女の子は涙目でうつむき、男の子の言い訳を待っている。でも男の子の頭の中に言葉は浮かばない。本当に何一つとして浮かんでこない。人生にはそういう時がたまにある。自分が何を求めているのか、これから何をどうしたいのか、そういうことの全てを完璧に見失い途方に暮れる時が、たまにある。









 いつの間にかイベントを定期的にやったりグッズを乱発したりしてすっかり講談社のドル箱扱いになり、僕だけのアイドルでなくなってしまったちぃたんを見守る僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


02/10/8

 例えば、一緒に同じ大学を目指した高校生カップルの話。

 女の子は現役合格、男の子は浪人。そして互いの環境がまるで変わってしまった二人は顔を合わせる日も週に三日から週に一度、月に一度と減っていき、特にこれといった理由もなく半年後の秋に自然消滅。よくある話だ。

 だが月日は過ぎ五年後、社会人一年目の男の子は同窓会で五年振りに別れた昔の彼女と再会する。女の子は胸の開いた大胆なスリップドレスでカウンターに座っていた。男の子は酒の勢いに任せて女の子の隣に腰掛ける。女の子は少し困ったような、でもまんざらでもないような微妙な笑顔で男の子を迎える。二人はぎこちなく昔話を始め、すぐに意気投合する。何もかもわかりあえた五年前のあの頃に戻れたような、そんな錯覚すら覚えさせるほどに。男の子はふざけて言う。君のその開いた胸元を見ていると、五年前さんざん見飽きた君の裸がどうにも思い出されて仕方ないよ、と。女の子は笑う。もう忘れてよ。今はあの頃とは違うのよ、あれから少しは成長したんだから、と。
 本当なら冗談はそこで打ち切り、次の話題に移るべきだった。男の子もそれはわかっていたのだ。でも男の子は酒のせいなのか男の本能のせいなのか、そこで押さえていたはずの言葉をついつい口にしてしまう。今から、これからでも、見せてくれないかな。あの頃とどこがどう変わったのか。もう一度この目で見て、確かめたいんだ。
 女の子はしばらくの間黙ってカウンターの蝋燭の火を眺め続ける。そして言う。私は今でも貴方のことが好きよ。でもね、もう遅いの。私、結婚するんだ。結婚式は来年の春。
 男の子は手に持ったカクテルグラスをゆっくりとテーブルに降ろし、そうか、おめでとう、と一言だけ口にした。それ以上の言葉はとても見つかりそうになかった。
 だからね、貴方には今の私の裸は見せられないの。女の子は冗談交じりの口調で言った。そのかわり、五年前の私のことならいつでもいくらでも思い出してくれてかまわないわ。それは私にとってもすごく大事な、貴方との思い出だから。だからさ、思い出は思い出のまま、綺麗なままで、取っておこうよ。ね?
 その社交辞令の微笑みは女の子が五年という歳月の中で新たに身につけてしまったものだと知って、そのことが男の子を少しだけ悲しくさせるのだった。









 いよいよ最終回間近でもう昔みたいにパンチラがどうとか乳首がどうとかたわいないエロネタを二度とやってくれそうになくなった末期のちょびっツを見守る僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


03/10/5

 例えば、10年来の幼なじみカップルの話。

 小学校の頃の女の子は我が儘でおてんばで、男女の見境なく喧嘩をふっかけては相手を泣かせていた。両親の不仲の影響もあったのだろう、人を信じるということがうまくできなかったのだ。
 そんな女の子が唯一心を許していたのが隣の家の男の子。トラブル処理に奔走させられるたび男の子は女の子に説教したが、もちろん女の子はそんなことで改心なんてしない。むしろ怒られるのが嬉しくて仕方ないみたいにニコニコと笑うのだ。男の子は溜息をつきながら思った。この子の性格はきっと一生治らないだろう。ならば自分が一生側にいて面倒をみてやるしかない、と。男の子は女の子の誕生日にオモチャの指輪を贈り、女の子は嬉しそうにそれを受け取った。そして中学に入った男の子と女の子はごく自然の成り行きとして正式に交際を始める。それは親も教師も友達も誰一人として口を挟めないくらいに強く、完璧な愛だった。茶化す言葉さえ見つからないくらいに。

 でもそのあとすぐに二人にとってはじめての挫折が訪れる。二人は同じ高校に進めなかったのだ。それから少しずつ女の子は変わる。学校の女友達と遊ぶことが多くなった。部活に入った。コンビニのバイトを始めた。ファッションに気を使うようになり、そしてどんどん綺麗になっていった。男の子は男の子で新しい環境に馴染むのに必死で女の子のそんな変化に気がつかない。すれ違いばかりの二人はまるで義務を果たすかのように三年つきあって、そして大学進学と同時に別れた。男の子は逃げるように一人暮らしを始め、それきりもう二度と女の子と会うことはなかった。

 それからさらに10年後。会社勤めに疲れ果てた男の子の元に、別れた女の子からの封筒が届く。中からは結婚式の招待状と、そして子供の時に贈ったオモチャの指輪が転がり落ちる。金メッキが剥げ落ち、手垢に汚れきってしまったその指輪を手に取り、贈った時はあんなに綺麗だったのにな、と男の子はぽつりと呟く。記憶の中でだけはいつまでもそれは変わらずに輝いていた。あの頃の女の子の笑顔とともに。








 「ツバサ」で華々しく再登場したはいいけれどなんか設定上根暗なキャラになっちゃって、昔みたいに「はにゃ〜ん」とか言って愛嬌を振りまいてくれなくなってしまったさくらたんを見守る僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。



04/7/11

 例えば、学生の頃のあだ名の話。

 男の子は女の子のことを「ミッコ」と呼んでいた。といっても本名はミツコではない。ミで始まる苗字で名前が〜子だから、略してミッコ。フカキョンとか、サトエリとか、まあそんなような類のあだ名だ。男の子と女の子が出会ったのは高校生の時。お互いがお互いのことを苗字ではなくあだ名で呼び合うようになった頃、二人の恋は始まった。女の子は言った。わたしたち、一生仲良しでいましょうね。男の子はもちろんそのつもりだった。でももちろんうまくいかなかった。大学に入った彼は同じサークルで出会った後輩の娘に心惹かれてしまったのだ。
 女の子のことを嫌いになったわけじゃないから、できることなら別れたくない。男の子は長い間悩んだ。やがて覚悟を決めた彼は女の子に告げる。他に好きな娘ができた。別れたいんだ。女の子は沈黙の後で一言、そう、わかった、とだけ言った。その後女の子は女の子で新しい彼氏を作ったと、男の子は風の噂で耳にする。それで何もかも全て終わり、と男の子は思っていた。でもそうはならなかった。 一月後、女の子からかかってきた電話の内容は要約するとこういうことだった。元気? 会いたいの。わたしたち恋人同士ではなくなってしまったかもしれないけれど、友達としてならこれからも仲良くいられると思わない? あっけらかんと笑う彼女に男の子は呆れたが、結局二人は再会する。そしてそうなるのが当然であるかのように、二人は抱き合った。お互い別に恋人がいることを知りながら。

 やがて5年の歳月が流れ、女の子は男の子から数えて4人目の彼氏と結婚を果たす。相手は男の子とは似ても似つかぬタイプの、どちらかといえば醜男な10歳年上の医者とのことだった。男の子は女の子と抱き合うたびに思った、そんな中年オヤジが相手なら俺のほうが立場は上だ、と。不倫をしている、ということにはもちろん罪悪感があった。だが男の子には自分が彼女に幸せを与えてやっているのだ、という自信があった。誰にもばれないでいられるのならこのまま本当に、永遠にこの関係を続けていくことだって不可能ではないのかもしれない。そんな風に思い始めた矢先の出来事だった。

 男の子はある週末の午後、街角で偶然向こうからこちらに歩いてくる女の子の姿を見かける。彼は手を振って「ミッコ!」と女の子のことを呼ぶ。だが女の子の返事は返らない。それどころかこちらを向こうとすらしない。完全無視、というやつだ。声が聞こえていなかったのだろうか、ともう一度名を叫ぼうとしたところで、男の子は女の子の隣にいる男の存在にようやく気が付く。彼女は旦那と手を繋いで歩いていた。やがてその仲むつまじい一組の夫婦は彼の脇を無言で通り過ぎる。旦那は男の子が呼んだのが、自分の妻のかつてのあだ名であることに気が付いていなかった。男の子はただ立ちすくみながら、遠ざかる二つの背中を見つめていた。そう、男の子には女の子を呼び止めることのできる言葉が何もなかったのだ。男の子は女の子の新しい苗字さえ知らなかった。男の子は再び、「ミッコ」と小さく呟いた。その名だけが男の子の知っている女の子の全てだった。その名だけが男の子が求めた永遠の全てだった。









 「大川七瀬→大川緋芭」「五十嵐さつき→いがらし寒月」などという狂ったペンネーム変更を強行したCLAMPの暴走を見守る僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


04/9/16

 例えば、いつか終わる運命を知りながら恋に落ちてしまう男女の話。

 男の子が女の子と出会ったのは市民病院の中庭、早咲きの薔薇に囲まれた芝生のベンチの前。男の子は草サッカー中の不注意で足を骨折してしまい、入院明けのリハビリがてらに外を散歩している最中だった。女の子は気持ちの良い柔らかな秋の日差しの下、ベンチに腰掛け熱心に本を読んでいた。そして男の子が通りかかったのに気づくと、にこっと笑って会釈した。次の瞬間にはもう、男の子は恋に落ちていた。

 怪我が完治した後も、男の子は病院に通いつめる。女の子はたいてい同じ時間同じ場所に居た。最初は警戒していた女の子だったが、何度も世間話を重ねるうち徐々に男の子に心を開き始める(きっと暇だったのだ)。ある日女の子は男の子に尋ねた、どうして怪我はもう治ったのに、何度もまだここに来るの? 男の子はまっすぐに女の子の目を見据えて言う。君が好きだから。君に会いたいから、と。
 女の子はしばらく黙り込んでしまう。やがて悲しげに目を伏せて言う。私、もうすぐ死ぬの。生まれつき心臓の奥に穴があって、手術でももうどうにもならないんだって。外に出れるのはこの時間、それもこの中庭にだけ。こんな体じゃあなたの期待にこたえることはできないわ。本当にごめんなさい。

 それでも男の子はあきらめなかった。毎日学校が終わった瞬間病院に駆けこみ、中庭のベンチに佇む女の子の姿を見つける。その瞬間のためなら何もかもを犠牲にしたってかまわない。それだけの覚悟で女の子と向き合った。限られた時間、限られた場所、限られた行動。二人には将来を語り合う自由も、どこかに出かけお茶を楽しむ自由も、身体を重ねる自由すらも許されなかった。でもそれでも男の子は幸せだった。自分のたわいない話で女の子が笑ってくれる、ただそれだけで充分すぎるほどに幸せだった。男の子は女の子を楽しませたい一心で色々なものを中庭に持ち込んだ、持っていたラジコンや携帯ゲーム機、新しく買ったデジカメにノートパソコン。勢いで彼は大道芸の入門書まで購入した。見よう見真似で練習するが、もちろんそう簡単にはうまくいかない。縄にからまって派手に転倒する。それを見た女の子がけらけら笑う。このまま時が止まってしまえばいい。芝生に横たわりながら男の子は思う。でももちろんその日は無情にやってくる。ある日女の子はチアノーゼで顔を真っ青にして倒れ、とうとう中庭にすら出てこれなくなってしまう。

 手術直前になって、ようやく男の子は一月ぶりに女の子と再会する。なぜここにきて面会謝絶が解かれたのか、その理由は二人ともうすうすは感づいていた。手術が成功する見込みがないからだ。
 私、気持ち悪い顔してるでしょ。酸素供給用のマスクを外した女の子が搾り出すような声で苦しそうに言った。頬は痩せこけ生気を失い、唇は真っ青だった。男の子が初めて会ったときの女の子とは確かに別人のようだった。
 男の子は静かに首を振る。手術が終わったら、二人でいろんなところに行こう。海でも山でも、君が行きたいところならどこでもいい。あんな中庭なんかじゃない、もっといろんな場所で、二人の思い出の写真いっぱい撮ろう。
 女の子は苦しそうに二度ほど深呼吸を繰り返し、また搾り出すような声で言う。あなたに、一つだけ、お願いがあるの。聞いてくれる?
 それは二人が過ごした三ヶ月という短い時間の中で女の子が男の子にしてみせた、初めてのお願いだった。男の子は言った。何でも聞くよ。何をして欲しい?
 女の子は言った。私が死んだら、遺影にはあなたが撮ってくれた写真を使って欲しい。あなたと一緒にいた時の私が、たぶん、私の人生で、いちばん納得できる顔をしていたはずだから、と。
 男の子は答えた。そのお願いは80年後に聞くよ。手術が終わって、二人で一緒に年を取って、それで君が寿命を迎えたなら、そのときは僕のカメラの中の写真を遺体に添えるよ。
 女の子はふふっと力なく笑った。そんなにいっぱい時間があるんなら、少しは可愛く見えるように画像修正しといてね。
 男の子も小さく笑った。しないよ。そのままの君でじゅうぶん可愛いよ。
 女の子は息も絶え絶えに言った。ねえ、やっぱり、もう一つだけ、お願いしても、いい?
 いいよ、と男の子は答えた。女の子は少しだけ口元を緩ませた。最後に、キスして。
 やがて男の子は女の子の冷たい唇に静かに口づけた。女の子の呼吸を妨げないようそっと優しく、短く何度も。雛鳥に餌をやる親燕のように、何度も何度も。


 女の子の通夜の日取りが決まり、男の子は女の子の両親に渡された二通の遺言を読む。
 一通は例の遺影の件。もう一通には達者な筆跡でつらつらと、男の子の優しさに対し自分からは何も与え返してあげられなかったことに対する謝罪の言葉が並べられていた。そして最後に一言。あなたに会えて本当に良かった。ありがとう。
 男の子は遺言通り、ノートPCを開き中に収められた女の子の写真を探す。写真は全部で350枚あった。一番よく写っている写真を探し一枚一枚をチェックするうち、やがて男の子の目からは大粒の涙が零れ落ちる。
 無理だよ。
 男の子は虚空に向かって語りかけた。僕にはできない。この大切な君の思い出の記録の中から、たった一枚を選び出すことなんて。
 男の子はサムネイルの並んだフォルダ管理画面をただぼんやりと眺め続けた。やがてその画面はスクリーンセーバーに変わり、スタンバイ状態の黒一色に変化した。だが男の子にとってはもうそれはどうでもよいことだった。女の子はどうせもうここにはいない。この漆黒のディスプレイの向こう側に行ってしまったのだから。









 雑誌「FRaU」についにツラを公開したはいいが、予想通りフォトショ加工しまくって「お前誰!?」という写真に仕上げてきたCLAMPの狡猾さを見守る僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


04/11/20

 例えば、終電後によくある男女の駆け引きの話。

 女の子は同じサークルで特別自分に懐いている後輩の男の子を強引に飲み屋に誘い出し、3年来の彼氏とうまくいっていないことの不満を蕩々と語り続ける。男の子は堂々巡りする女の子の話に辛抱強く相槌を打ったり、慰めたり、私見を述べたりしていたが、ついにはうんざりした顔で言う。先輩、もういい加減にしないと終電が行っちゃいます。帰れなくなっちゃいますよ。でも女の子は泥酔しきった真っ赤な顔でこう返す。いいよ、終電なんて気にしなくて。それよりもっと飲もう。君の家、ここから歩いて近いんでしょ? 今日一日だけ、泊めてよ、ね?
 男の子は狼狽して拒否する。それはもちろん、男の子は女の子に気があった。部屋に連れ込んで身体の関係を持つことだって、妄想の中で何度か考えたこともあった。でも男の子が望んでいたのは、少なくともこんな一度きりの成り行きみたいな形ではなかったのだ。男の子は女の子を飲み屋から半ば引きずり出すようにして駅に連れていこうとする。でも女の子も頑固だった。駅前の地べたに座り込んで、泊めてくれなきゃここで寝る、とまで言いだした。とうとう根負けして男の子は女の子を部屋に連れて行く。布団が敷いてあるロフトに女の子を担ぎ上げ、先輩はそこで寝てください、僕は床で適当に寝ますから、と一方的に告げて梯子を降りる。でもその途中、頭上から女の子のこんな言葉が聞こえ男の子の動きは止まる。君は、あたしと、したく、ないの?
 したいに決まってるじゃないですか。男の子は梯子にしがみついたまま怒るように言った。でも今日は駄目です。酔った勢いでなんて僕の流儀に反します。仕方なく泊めはしましたけど、でもそれだけです。何もなかったことにしてもらいます。周りにも絶対言わないでくださいよ、いいですね?
 少しの沈黙の後で女の子は言う。君はあたしに気があるもんだとばっかり思ってたんだけど。それって、あたしの独りよがりな思い込みだったのかな。もし本気で迷惑かけたんだとしたら、謝るね。ごめんね。
 男の子は答える。迷惑なんかじゃないですし、実際気があります。たぶんあなたが考えているよりもずっと強く、僕はあなたのことが好きです。でもだからこそ、こんな形であなたを抱きたいとは思えません。しかるべき手順を一から踏んで始めたいんです。そういうわけだから、今日のことはこの会話含めて何もかもなかったことにしてもらいたいんです。よろしくお願いします。
 頭上からの女の子の返事も待たず、男の子は梯子を降りて床に転がり掛け布団を身にまとう。やがて女の子がくすくす笑いながら言った。君も相当な頑固者ね。男の子は答える。先輩ほどじゃないですよ。もう電気消しますよ、いいですね? 女の子の返事はなく、男の子は部屋の明かりを落とす。おやすみなさい、と女の子が小さな声で呟いた。男の子も同じくらいの声で呟いた。おやすみなさい。

 次の日の朝男の子が起きると、ロフトにはすでに女の子の姿はなかった。その後にはメモの切れ端と、何か得体の知れない二組の赤い布地が残されていた。男の子はメモを拾い上げる。そこには可愛い丸文字でこんな言葉が綴られていた。

「何もなかったことにするのは悔しいので、証拠品を残して帰ります。
煮るなり焼くなり捨てるなり、好きにしてください。今日は泊めてくれてありがとう。また部室でね」

 よく見るとその赤い布地の正体は、女の子が脱ぎ捨てていったブラジャーとパンティであった。男の子は目を白黒させながら女の子のその行為の真意について考える。でもいくら考えてもわからなかったので、結局単なる「酔っぱらいのその場の思いつき」ということで処理することにした。そして二日酔いの早朝、ノーパンノーブラで電車に揺られて帰る女の子の姿を想像して男の子は思わず吹き出した。相変わらず、女の考えることはよくわからないな。こんなんだから俺、モテないのかもな。そんなことを考えながら男の子は女の子の下着を引き出しの中に丁寧に仕舞い、朝食の支度を始めるのだった。









 マガジンの巻末インタビュー漫画みたいなのにしゃしゃり出てきたはいいが、ギャル4人組みたいな似顔絵を描かせておきながら真実の不細工なツラ写真は明かさない相変わらずなCLAMPの狡猾さを見守る僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです 。


04/12/1

 例えば、地方から上京する男女の別れの話。

 小雨のぱらつく寒い冬の夜、男の子と女の子は駅のベンチで無言のまま電車を待っている。女の子の右手には東京行きの特急券、男の子の右手にはただの改札入場券。これが恋人同士としての最後の時間になるだろうことは、お互いはっきりとわかっていた。
 なにも、別れることはないんじゃないかな。男の子は独り言のように呟く。逢えなくても、寂しくても遠距離恋愛で頑張ってる人たちがこの世の中にはたくさんいるんだ。僕らにだってやってやれないことはないはずだ。それとも君は最初から、距離が離れたくらいで簡単にあきらめられる程度にしか僕のことなんか好きじゃなかったの?
 女の子は悲しそうに首を振る。好きじゃないわけないじゃない。でも駄目なの。問題はそういうことじゃないの。私はこの街を離れたいと言い、あなたはこの街を離れたくないと言う。それじゃいつになったら遠距離は終わるの? 一生離れ離れなんてことになるくらいならいっそ今のうち、綺麗に別れたほうがいい。もう何度も話し合ったことじゃない。
 綺麗だろうが見苦しかろうが、やっぱり僕は別れたくないよ。男の子は言う。いつか状況は変わるかもしれない。いつになるかなんて見当もつかないけど、僕は待てる。できることなら君にも待って欲しいと思う。
 でも女の子はまた首を振る。状況が変わるってことがどういうことか、あなたは本当にわかったうえで言っているの? あなたが私の元に来れるようになる状況というのは、あなたの家の工場が潰れ借金まみれで街を追い出される状況のこと。私がこの街に帰ってこれる状況というのは、夢破れてぼろぼろになって逃げ帰ってくる状況のこと。どっちに転んだって不幸な結末しか待ってないじゃない。私はそんなの嫌よ。私は私の夢を追うわ。あなたと別れてでも。
 やがて東京行きの特急列車がホームに滑りこみ、女の子が立ち上がる。指定車両の扉に向かって歩き出すその背中に向かって男の子は言う。それでも僕は君が好きだ。ここで終わりにはしたくない。たとえ不幸な結末しか待っていないとしても、それでもかまわない。いつか同じ場所で、君と暮らしたい。
 女の子は立ち止まり後ろを振り返る。男の子は真剣な眼差しで女の子をじっと見つめている。やがて女の子は困ったような笑みを浮かべた後、男の子の唇にそっと口付けた。さよなら。あなたのこと忘れないわ。

 駅からの帰り道、男の子は電気の落ちた後の誰もいない工場をなんとなく訪れる。昼間には賑やかな笑い声溢れ、狭い狭いと言い合っていた作業場がこの時間にはやたら広く感じられて、それが余計に男の子の心を悲しくさせた。男の子は作業場に転がっていた夜間作業用のカンテラを拾い、火を灯す。辺りには薄明かりがぼんやりと広がった。
 あなたのこと忘れないわ、と女の子は言った。でもそれは嘘だ、と男の子は思った。いつか彼女は自分のことを忘れてしまうだろう。結局、彼女にとってこの街と自分は通過点でしかなかったのだ。もしかしたらそもそもの初めから、いつか街を出て別れる日が来ることを知りながら期間限定のつもりでつきあうことに決めていたのかもしれない。そのことを考えると男の子の胸は痛んだ。強く激しく痛んだ。
 やがて男の子はテーブルの上のカンテラを手に取り屋上に向かう。猫の額ほどの広さの屋上には高さ10m程度の小さな煙突があった。男の子は鉄の錆びた梯子を慎重に登り、煙突の先にカンテラを掲げる。それは男の子にとっての女の子への餞の儀式だった。男の子は祈った。どうか君がこの先道に迷ったりしませんように。この灯が僅かでも君の進む未来を照らす支えとなりますように、と。









「新年1号までにツバサはマガジン撤退しろ」なんてネタを前に書いたら撤退どころかその新年1号でアニメ化決定の知らせが載ってしまったほどに絶好調のCLAMPを見守る僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


05/2/5

 例えば、よくある少女の悲劇についての話。

 男の子が女の子の歌の才能を初めて見出したのは、まだ二人が小学校に通っていた頃。引っ込み思案で授業では小声でぼそぼそとしか歌わない女の子が「本気の声」で歌っているところを、男の子が偶然目撃したのだ。女の子は早春の緑溢れる校舎裏の森の中、その日授業で教えられた歌を一生懸命練習していた。男の子は木陰からただ呆然とその光景を眺めていた。木漏れ陽に包まれのびやかに歌う女の子のその姿、その声に、男の子は魅入られた。そして当然のように、恋をした。
 それから男の子はいろんな大人に声をかけ、いろんな場所に女の子を連れて行った。声楽教室、歌劇団、子役養成所にアイドルオーディション。あらゆる場所であらゆる人間が女の子の歌を激賞した。女の子は神童と騒がれ、回を重ねるごとに大きくなる舞台でその声を存分に響かせた。しかし日本中引きずり回され連日プレッシャーを強いられるうち、女の子は以前ほど楽しそうには歌わなくなる。世間的な成功と反比例するように、女の子の歌は輝きを弱めていく。そしてとどめを刺すかのように、女の子の身に特大の不幸が降りかかる。原因不明の甲状腺腫瘍。命に別状こそなかったが、代わりに女の子は命より大切だった歌を失った。

 時は過ぎ2月。中学の卒業式を間近に控え、女の子は男の子をあらためて呼び出し告げる。家の都合で引越すことになったこと。この街に戻ってくるつもりはもう二度とないこと。女の子の声は低く澱み、以前とは変わり果てていた。男の子はただ黙ってその言葉を聞いている。女の子は悲しそうに目を伏せ、背後の桜の老木にもたれかかる。
 小学生の頃、ここでキミに見られちゃったのが、すべての始まりだったんだよね。
 女の子はうつむいたまま呟く。あのときはこの桜の木、いっぱいに咲いてたのに…いつの間にか、花をつけなくなっちゃった。わたしとおなじだね。もう咲かない桜。もう歌えないわたし。どっちももう、なんの役にも立たない。どっちももう、世の中に必要ない…
 そんなことはない。男の子は言う。この木は今は休んでるだけだよ。桜にだって事情の一つ二つくらいあるんだ。咲く年もあれば咲かない年もある。君だって同じだ。今は辛いことばっかりかもしれない、何もする気になれないかもしれない。でもそのうち、歌以外に夢中になれることがきっとまた見つかるよ。それまでのんびり休んでればいいんだ。焦ることなんてない。
 女の子は小さく笑う。…ありがとう。いつもキミには元気づけられてばかりだね。
 男の子は女の子の前にそっと右手を差し出す。約束しよう。これからも僕たち、一生、友達でいるって。
 女の子は潤む瞳をこすりながら、男の子の右手を握りしめる。約束だよ。わたしたち、ずっと、友達。
 そして二人は手を繋いだまま歩き始めた。行き先なんて二人にはどこだって良かった。二人は日が沈みきってしまうまでの間、ただひたすらに街中を歩き続けた。その掌の温もりを失いたくない。ただそれだけの理由で。

 やがて新しい春がやってきて、女の子は引っ越し先の新しい家で男の子からの宅急便を受け取る。荷物は電子レンジのイラストが刻印された中型の段ボールだった。
 電子レンジ? 女の子はいぶかしげにテープを破り箱を開ける。その途端強烈な花の匂いが鼻孔を襲った。女の子はびっくりして中を覗き込む。中に入っていたのは桜の花びらだった。それも段ボールから溢れて飛び出そうなくらいに大量の。そして女の子は段ボールの内蓋に張られていた、男の子からの短い手紙に気づく。

  あの桜の木、今年は咲いたよ。次は君の番だ。がんばれ。

 女の子はその手紙をじっと眺め続けた後、段ボールの中の花びらをひとつかみ、手に取り立ち上がる。まだペンキの匂いの残る新しい自室の窓を開け、新しい街の新しい見知らぬ風景に目を細める。
 きっとこの花びらは、あの木のものではないだろう。
 女の子にもそれくらいのことはわかっていた。でも女の子に真実を確かめようという気持ちは不思議なほどになかった。やがて女の子は掌の中の花びらをぱらぱらと窓の外に向かってばらまいた。風に乗り舞い上がる花びら。その小さな桜吹雪を見て、女の子は新しい街に着いて以来初めて「寂しい」という感情に襲われる。辛い過去はすべてあの街に、自らの喉の肉と共に切り落とし捨ててきたはずだった。あの街から運んできた感情はたった一つだけ、のつもりだった。でも男の子はそんな弱い生き方を許してはくれなかった。男の子は再びそれらを女の子の心に呼び戻してしまったのだ。この桜の花の匂いに乗せて。桜吹雪の思い出に乗せて。









 さくらたんの声がCCさくら時代の神声優・丹下桜でなくて聞いたこともない別人になるらしい4月開始予定のクソアニメ「ツバサ」の行く末を見守る僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


05/7/24

 例えば、よくある女の子の登校拒否についての話。

 女の子と男の子は天文部の部員同士。女の子はとても無口で控えめで、人と話すのが苦手なタイプ。でも望遠鏡を覗き星を見ているときだけは、誰よりも素敵な笑顔を見せる。男の子だけがそれを知っていた。なぜなら最初に入部してきた時からずっと、男の子は女の子のことを目で追い続けていたから。

 だがそんなある日、女の子が突然学校に来なくなる。二日、三日と部室に姿を見せない女の子を心配しはじめる男の子の耳に、ようやくそれらしい噂が届く。あの娘、わざわざ隣の県から越境入学してきただろ? 昔すっごい太ってて、いじめられてたからなんだってよ。証拠の卒業写真も出回ってるらしいぜ。お前もう見たか?
 男の子は一瞬のうちに走り出し、部員名簿から見つけた女の子の住所に急ぐ。自転車を漕ぎながら電話をかけるが、誰も出ない。そのうちに女の子の家に着き、男の子は覚悟を決めて呼び鈴を鳴らし名を名乗る。かなり長い沈黙の後、インターホンから女の子の声。鍵は開いてるから、あがって。

 女の子は寝起きそのままのパジャマ姿でお茶の準備を始める。そしてソファに座る男の子に背中を向けたまま、喋り出す。私の小学生の写真、あれひどいでしょ? 笑いたかったら笑っても、いいよ。
 僕は見てない。男の子は言った。そんな写真があるって噂だけは聞いたけど、でもそんなの全然興味ない。僕は今の君が好きだよ。君がいない放課後は楽しくないんだ。早く戻ってきてほしい。
 女の子は食器棚に伸ばしかけた手を止め、静かに立ちつくす。薬缶の沸騰する音だけが部屋に響いた。
 中学の時にね、好きな人ができたの。女の子が小声でつぶやいた。
 私はそのころ太ってて、自分に自信が持てなくて…だから努力したの。一日一食なんて今から考えると無茶な方法で、3ヶ月で20kgくらい落として、それで勇気を出して告白したのね。でも結果はさんざんだった。悪い冗談はよせよ、って言われたわ。いつの間にかクラスの女の子たちにもそれがバレてて、結局痩せてもいじめの状況は変わらなくて…それで、逃げたの。県外の高校を選べば、昔の私を知っている人なんていないだろう、って思って。でもばれちゃった。昔デブだったくせに、普通の女の子の振りして皆を騙していたことが、ついにばれちゃった。
 男の子は立ち上がり、悲鳴のような音を発しはじめた薬缶の火を止めた。女の子は食器棚にもたれかかり、静かに泣き始める。ねえ、私、次はどこに逃げればいいのかな? どこまで逃げたら、私はこんな大嫌いな自分を捨てて生まれ変われるのかな? ねえ教えてよ。私、もうどうしていいか、わからないよ。
 男の子は泣き続ける女の子の頭をそっと撫で、やがて言った。前に冬の観測会で一緒に見た星のこと、覚えてるかな。
 りゅうこつ座のカノープスはすごく見つけづらいから、見ると幸せになれるのよって、君は教えてくれたよね。僕はその話、すぐに信じた。だって、僕はあの日本当に幸せだったんだ。君と一緒に星を眺めたあの時間が、本当に楽しくて幸せだったんだ。君はそうじゃなかったの? 君が過ごしたこの一年は、たかが過去の写真一枚程度のことで捨てて逃げてしまえるくらい軽いものだったの? お願いだからもっと強くなってよ。自信を持ってよ。君は僕に生きる幸せをみつけてくれたんだ。それってすごいことなんだよ。世界中に胸張って自慢していいくらいのことなんだよ。だから明日は堂々と、学校に来て。誰に何を言われても、そんなの気にしなきゃいい。一緒に笑い飛ばしちゃえ。どうせ皆すぐ忘れて次の噂でも見つけるよ。なんなら僕が昔遠足のバスで小便漏らした話、自分で広めたっていい。僕はそんなの全然恥ずかしくないからね。
 女の子がぷっと笑い出す。男の子も笑う。自然に二人は抱き合い、唇を重ねる。
 私のこと、守ってくれる? 女の子は男の子にしがみつくように抱きつき、言った。
 守るよ。男の子は答えた。ずっと守る。君を傷つけようとする奴は、僕が全員ぶっとばしてやるよ。
 約束よ。女の子は言った。私のこと、ずっと、守って………

 でも約束を守らなかったのは、女の子のほうだった。次の日も、その次の日も女の子は学校に来なかった。
 男の子は女の子の家に何度も電話し、何度も玄関のチャイムを鳴らす。でも女の子は出てこない。三日目の夜には女の子の母親に、どうか今はそっとしておいてくれないか、と懇願されてしまう。そして二週間後の放課後、男の子は部活顧問の口から女の子の突然の転校を知らされる。行き先は聞いたこともない、東北にあるという小さな町だった。
 男の子は校舎の屋上に寝ころびながら、夕暮れに染まりゆく空を見上げる。
 もうすぐ夜がやってくる。この町にも、彼女の新しい町にも。でももう僕らの見上げる空は同じ空じゃない。幸せの星カノープスは彼女の町からは、もう見つけることはできないだろう。そしてきっと彼女を見失った、この僕にさえも。
 やがて男の子は南の地平線に向かって大きく手を伸ばす。あの空の向こうに沈んでしまった、かけがえのない日々を想って。今はもう届かない場所へ消えてしまった、女の子を想って。









 デブサイクのくせに何をトチ狂ったか最近メディアに顔を晒し始めついにNHKの人気ゴールデン番組トップランナーにまで出て一般人の皆様を文字通り噴飯させたCLAMPを見守る僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


05/10/17

 例えば、よくある同棲の終わりについての話。

 男の子が八つの時、男の子の母親は家を出て行った。元気でねと玄関先で頭を撫でる母親に男の子は尋ねた、お母さんは僕のことが嫌いになったの? 僕のことなんてもう大事じゃないの?
 母親は優しく微笑んで、男の子にこう言った。大事なものがいっぱいあってもね、全部選ぶことはできないのよ。全部だめにしてしまう前に、何かを諦めなきゃいけないの。いつか、あなたにもそれがわかる日が来るわ。
 その日から今日まで男の子は一度も母親に会っていない。そして20年経った今再び、男の子の前から女の子がひとり去ろうとしていた。

 あなたと暮らしたこの3年間、本当に楽しかった。女の子は言う。あなたといると私、まるでお姫様になったような気分になれたわ。私が望むことは何でも、あなたが全部叶えてくれた。そのことは本当に感謝してるの。ありがとうって何回言っても足りないくらい、感謝してるの。でも、もう夢の時間は終わり。気がついたのよ、私はこのままじゃだめになってしまうって。魔法が解けて海の泡になってしまう前に、自分の足で歩き出さなきゃいけないんだって。
 男の子は答える。僕にはどうしてもわからない。自立した生活がしたいならすればいい、でもそのためにどうして、僕の元を離れなきゃならないのか。ここでお互いの距離感を少し考え直せばいいだけの話じゃないの? 僕が君と一緒にいたいという気持ちはどうでもいいの? もっと二人でよく話し合ってから決めたって、遅くはないんじゃないの?
 女の子はふるふると首を振る。自分勝手なのは、わかってる。でもね、今離れなきゃ私一生このまま、何もできないままだと思うから。私ね、いま、やりたいことがたくさんあるの。両手で抱えきれないくらいたくさんあるの。そしてそれらはこのままあなたの側にいたらきっと、全部中途半端になってしまう。だから私、ここを出るの。あなたのいない世界で、一人で、もういちどゼロから始めてみるの。
 玄関のドアを開ける女の子の背に向かって、男の子は最後の質問をする。怒らないから、ほんとのこと答えて。君は僕のこと、もう好きじゃないの?
 女の子は微笑む。あなたのことは今でも好きよ。好きだから、離れるの。何もない私があなたをだめにしてしまう前に、綺麗な思い出だけが残るうちに、離れるの。いつかあなたに素敵な恋人ができて、その人といろんなものを分かち合う喜びを知ったとき、あなたにも私が言ったことがきっとわかるわ。それじゃあね。元気でね。


 大事なもの全部をだめにしてしまう前に、何かを諦めなきゃいけない。
 女の子が去り広くなった部屋で一人、男の子は昔母親に言われた言葉を思い出す。
 だめになってしまったってよかったんだ。誰かに諦められるくらいなら、たとえどんなひどいことになったっていいから、側にいたかった。選ばれていたかった。一緒にいたかった。そういう気持ちをもっと、素直にぶつければよかった。
 いつか、あなたにもわかる日がくるわ。20年前母親に、たった今女の子に言われた言葉。でも男の子にその言葉の本当の意味はまだわからなかった。わかりたくなんてなかった。一生わかりたくなんてなかった。









 劇場化だけにとどまらずアニメ「ツバサ」の第2シリーズ、さらに「XXXHOLiC」まで放映決定し相当調子に乗っているであろうCLAMPを見守る僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


06/7/29

 例えば、つきあい始めて三ヶ月目を迎えた高校生カップルについての話。

 女の子は自分の胸にコンプレックスを持っていて、男の子に裸を晒すことができない。男の子がキス以上の行為を自分に求めているのはわかっていたし、それに応えてやりたい気持ちはあった。でもどうしても最初の一歩が踏み出せない。ブラジャーのホックに何度も手をかけてはみたけれど、それを外す勇気が出ない。男の子は優しく女の子を抱きしめて言う。無理はしなくていいよ。そのうち自然に見せてもいいってお前が思えるときが来るまで、俺、待ってるから。でもその言葉こそ自分を気遣うために無理をして言ってくれている言葉なのだということを、女の子は知っていた。女の子はしばらく男の子の胸に顔を埋めている。そして意を決したように顔を上げ、しゃべり出す。ねえ、じゃあ、こうしましょう。しばらく、目を瞑っていてくれる? 男の子は言われたままに目を瞑った。暗闇の中で声が聞こえる。絶対絶対、目を開けちゃだめだよ…
 しばらくの間、男の子は黙って目を瞑り続けた。
 すると気配で、わずかな風の温度で、顔面にゆっくりと何かが接近してくるのを男の子は察知する。仰け反ろうとしたがもう遅かった。柔らかな感触が男の子の顔面を覆った。密接した鼻先にわずかに汗の臭いがした。男の子は一瞬のうちに自分のおかれた状況を把握した。女の子が顔に胸を押しつけているのだ。
 これなら、見えないでしょ?
 女の子がか細い声で言った。押しつけられた胸がかたかたと震えている。女の子も恥ずかしいのだ。男の子は必死に性欲を押さえつけながら黙って女の子に抱かれ続ける。女の子の胸はちっとも小さくなんてなかった。むしろ標準よりは大きいくらいなんじゃないか、と男の子は思う。女の子が何を気に病んで裸を見せたがらないのか、男の子にはまったくこれっぽっちも理解できなかった。でももうそんなことはどうでもよかった。女の子は精一杯の勇気を振り絞って、自分のために前に進んでくれたのだ。その気持ちだけで充分だった。
 いい? 離すから、また目を瞑っていてね。目を開けたら、絶交だからね。
 そう言って女の子はゆっくりと男の子の顔から胸を離した。男の子もほっと息をつき、このほんのひとときの性の冒険は女の子の着衣とともに終わりになる…はずだった。しかしここで男の子自身すら予想していなかった、ちょっとしたアクシデントが起きる。男の子は目を瞑ったまま、無意識に手を伸ばして女の子の胸を掴んでいたのだ。男の子の自発的な意志による行動ではなかった。男の本能が下した命令による、右手の勝手な暴走だった。
 ちょ、ちょっと、誰が触っていいなんて…やだ、やめて…よ…
 女の子が驚きとともに男の子の手を振り払おうとする。でも男の子の暴走は止まらない。目を瞑ったままでいろとは言われた。でも、触っちゃ駄目だとは言われてない。そんな強引な言い訳を頭に浮かべ、男の子は勘を頼りにもう一本の手も女の子の乳房に伸ばした。思っていたより乳房の芯は固く、漫画やビデオのように派手には揉みしだけない。でも悪くない感触だった。当たり前だ。好きな女の子の胸がどんな胸だろうが、触って嬉しくないなんてことがあるものか。男の子は調子に乗って女の子の下半身にまで手を伸ばそうとする。しかし暴れ回る女の子の蹴り足が不運にも右肩鎖骨にクリーン・ヒットし、あえなく男の子の身体は吹き飛ばされてしまう。男の子はこの期に及んでまだ目を閉じたままだった。だから女の子が、なんてことするのよ、馬鹿、もう知らない、絶交だからね、と早口にまくしたてたときどんな表情をしていたのかは、残念ながら見ることはできなかった。男の子は大の字に転んだままこれからの言い訳の言葉を考える。そして思う。長い長い弁明が終わり、最後にこの目を再び見開いたとき、最初に見えるのは女の子の笑顔であればいいな、と。








 「ToLOVEる」で毎回毎回見えそうで見えないララたんの乳首にやきもきさせられていたところ不意打ちのようにマガジンで嫌いなはずの「涼風」で結衣たんの美しい乳首様を見せつけられた僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


06/11/26

 例えば、運命の恋を信じている女の子の話。

 女の子は妻子持ちの男に恋をしていた。前回は浮気癖持ちの男、その前は借金持ちの男、その前の前は暴力癖持ちの男。女の子が好きになる相手はいつもいつも何かしらの致命的な問題を抱えていた。男と別れるたびにぼろぼろになって戻ってくる女の子を見ていられなくて、男の子はときどきお節介を焼く。俺の知り合いでよければ、まともな男をいくらでも紹介してやるから。いい加減男を顔で選ぶの、やめろよ。
 女の子は溜息をつきながら首を振る。あんたって、ほんとに何もわかっていないのね。私が男を顔で選んでる、って? 言っておくけど、私が男を自分で選んだことなんて一度もないわよ。いい、私が恋を選ぶんじゃないの。恋が私を選ぶのよ。私はその決定に従うだけなの。
 女の子の言葉の妙な説得力に押され男の子はたじろぐが、やがて反論する。でもその決定とやらに従うせいでいつも不幸になってしまうのだとしたら、そろそろ逆らったっていいんじゃないの? 自分でこの人を好きになろうと決めて、そこから始める恋があったって、それでもいいんじゃないの?
 女の子はまた首を振る。逆らえるようなものなら、とっくの昔に逆らってるわ。でも駄目なの。その『決定』は目が合った瞬間にいきなり来るのよ。来てしまったらもう、私の意志ではどうすることもできないの。
 今度は男の子が溜息をつき、無言のまま席を立つ。これだけ痛い目に遭っておいてまだそんなことを言っているようでは、心配するだけ無駄というものだ。しばらく会うのもやめて放っておこう。男の子は決意する。

 二ヶ月ほど経って、男の子の携帯に女の子から電話が入る。例の妻子持ちの男と別れた。泣きすぎて涙も枯れそう。水分の補給がしたいから、飲みに行くのつきあって。だいたいの予想はしていた男の子は二つ返事でそれを引き受けた。
 あの人、私のことを呼ぶとき、間違えて奥さんの名前を口にしたの。
 女の子はカルーアミルクを風呂上がりの牛乳のように一気に飲み干して言った。それが終わりの呪文。私にかかっていた魔法は、それで解けちゃった。
 青いガラスのカウンターの上に、女の子の涙がぼたぼたと弾ける。男の子はまだ半分も減っていないディタスプモーニのグラスを握ったまま、女の子にかけるべき言葉を考える。馬鹿だなお前はと責めるべきか。気にするなよと慰めるべきか。どっちの言葉もきっと女の子の胸には届かないだろう。男の子にはそれがわかっていた。女の子が今欲しがっているのは言葉ではないのだ。新たな魔法なのだ。

 俺さ、お前には振り回されてばっかりでさ、正直に言ってとっくに愛想が尽きてるんだけど。
 男の子は冷たい口調で言い放つ。女の子は驚いた目で男の子を振り返る。男の子は続ける。でも呼び出されるとなんだかんだ文句言いつつ、こうしてまた会いに来ちゃうんだよ。今までそれがなぜなのかずっとわからずにいたけど、今ようやくわかった。俺も選ばれてたんだ。お前の言う、恋の神様みたいなのにさ。本当は、もっとずっと昔から。
 女の子は男の子の目をじっと見つめる。そして口を開く。それ、本気で言ってるの?
 さあ、わからない。男の子は答える。なにしろ酔っぱらってるからな。今突然思いついただけの戯言かもしれない。お前も忘れたかったら、忘れていいぞ。
 でも女の子は力なく笑って、答える。

 私も酔っぱらってるからかな。もうあんたでいいよって、神様が言っているのが聞こえるような気がする。

 女の子の頭が男の子の肩に沈む。結局、最後まで女の子が自分の意志で誰かを選ぶことはなかった。男の子は女の子の神様に直々に選ばれた運命の相手ではなかった。でもそれでいいんだ、と男の子は思う。運命も神様も関係ない。俺が俺のために選んだ女だ。俺が変えてやる。俺が守ってやる。









 明らかにつまらないだろうことを知りながらどうしても目が離せずにいた『CLAMPの新年会チケット』を取りに行ったら予定枚数終了と出ていた僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


09/5/23

 例えば、結婚を間近に控えた男女の話。

 女の子は男の子に連れられて、男の子の実家を訪れ両親への挨拶を済ませる。その夕暮れ、駅までの帰り道の途中で男の子が急に立ち止まる。視線の先には金網に囲われた、ちょうど学校の体育館一つくらいの広さのススキ野原があった。入り口と思われる扉には「工事予定地につき立入禁止」の札が掲げられ、大げさな錠前がぶらさがっていた。

 小さい頃、ここでよく鬼ごっこをやって遊んでたんだ。
 男の子はしばらくじっと金網の向こうを眺めた後、ゆっくりと語りだす。ほら、小学生の背丈だとススキにすっぽり隠れてしまって、お互いどこにいるのかわからなくなるだろ? 今見ればこんなのただの原っぱでしかないけど、これでも当時の僕らにとっては恐ろしい樹海の迷宮だったんだ。小心者の僕は奥のほうに行くのが怖くていつも入り口近くに隠れてて、いつもすぐ鬼に捕まってしまってた。でも隠れてるすぐそばを鬼がうろうろと通り抜けていく、そのスリルがたまらなく楽しかったんだ。
 今となってはススキの丈なんて、とっくの昔に追い越してしまった。もう怖くもなんともない。もうあの頃のワクワクドキドキした感じは二度と味わえないんだって思うと、ちょっと寂しいよな。
 男の子が自嘲するように小さく笑う。しばらくの沈黙の後、女の子が静かに口を開く。ねえ、ちょっとそこにしゃがんで座ってみてよ。
 しゃがんで座る? 男の子は女の子の突然の提案に戸惑う。なんでそんなことしなきゃなんないの? 女の子は笑って答える。いいからいいから、早く早く。
 女の子に急かされ、男の子は渋々といった表情で腰を落とす。その途端、金網の向こうの景色が一変する。目の前に現れたのは確かにあの頃、どこまでも永遠に続いてると思っていたススキの迷宮の入り口だった。女の子も男の子の隣に腰を下ろし、訊ねる。どう? ワクワクドキドキしてこない?
 男の子は答える。さすがにわくわくまではしないかな。でも、なんだか懐かしい。すごく懐かしい気分。
 二人並んでしゃがみこんだままの姿勢で、女の子が喋り出す。
 大人になったらいろんなものをなくしてしまう、ってみんなよく言うけどさ、あたしはあんまりそうは思わない。
 本当はなくなってるんじゃなくて、それらは心の深いところに沈んでて、見つかりにくくなってるだけなんだ。みんなわざわざ探して取り出そうと思わないだけなんだよ。
 女の子は眠るように目を閉じて微笑み、ゆっくりと歌い出す。


 いつのことだか思い出してごらん
 あんなことこんなことあったでしょ
 うれしかったこと おもしろかったこと
 いつになってもわすれない


 女の子の下手くそな歌声をぼんやりと聞きながら男の子は目を閉じ、かつてススキの樹海を夢中で駆け抜けたあの頃に思いを馳せる。頬をくすぐる風の冷たさ、草の蒸れた匂い、友達の笑い声。まるで昨日のことのように蘇ってくる情景と高揚感に、男の子は少し驚く。
 みんなわざわざ探して取り出そうと思わないだけなんだよ、と女の子は言った。そうなのかもしれない、と男の子は思う。でも少なくとも、僕が過去を振り返ろうとしなかったのはそれが面倒だったからじゃない。そんな暇もないくらい、今が忙しくて騒がしくて楽しかったから。君と僕との、これからの未来を考えることだけに一生懸命だったから。
 やがて女の子の歌が途切れ、ススキの穂が風に凪ぐざわざわした音だけが辺りに響く。女の子の差し伸べた手につかまって、男の子は立ち上がる。そして思う。いつかこの景色が消えてなくなってしまったとしても、僕がずっと覚えていよう。そしていつか生まれてくるであろう僕達の子供に、お父さんは昔ここで遊んでいたんだよと、話して聞かせよう。僕の心の深いところに今も眠り続けている、あんなことやこんなことのあれこれを。嬉しかったこと面白かったことのすべてを。









 漫画喫茶で久しぶりに「カードキャプターさくら」を全巻一気読みしてさくらたんの愛らしい笑顔に再会してきた僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。


09/9/4

 例えば、片思いをしている男女の話。

 男の子と女の子が初めて会話を交わしたのは、入学式が終わって早々に任命されたクラスの学級委員の学年会議の席。二人は一見して真面目で、責任感が強そうに見えてしまうが故に、人に何か頼まれると嫌とは言えずそんな性格に悩んでいるという点で良く似ていた。すぐに仲良くなり、休み時間や登下校にも一緒にいるようになった二人はそのうち周りから「優等生カップル」と噂されるようになる。男の子はまんざらでもない気分だったのだが、からかわれるたびに女の子が怒りながら否定するので一応それに合わせておいていた。男の子は実質的につきあっているも同然である現状に満足していたし、それ以上を望む気も今のところはなかった。このまま二年生になり三年生になり、自分たちの仲が学校中に認知されるようになれば、女の子もそのうち根負けしてつきあっていることを渋々認めるようになるだろう。そんな風に考えていた。そして二年生になりクラスが分かれて二ヶ月が過ぎた六月、男の子は自分の見通しがいかに甘かったかを思い知らされることになる。女の子は照れくさそうに男の子に打ち明ける。 今度のクラスで一緒になった○○君のこと…私、好きになっちゃったみたい。どうしたらいいと思う?

 ここで、男の子の頭の中に二つの選択肢が浮かび上がる。一つは素直に応援し、恋の成就を助けてやるという選択。もう一つは撤退を進言し裏で妨害工作し、失意に沈む女の子を支えて自分の株を上げてやろうという邪な選択。後者の選択を成功させることはそれほど難しいことではなかった。彼にはすでに好きな人が別にいるみたいだよ、と一言言うだけでも効果は絶大だろう。あの男はあまり評判も良くないよ、やめておいたほうがいいよ。そんな言葉が喉まで出かかる。でも、どうしても口に出せない。そういうことができない性格同士だからこそ、男の子と女の子は今まで通じ合えていたのだ。その信頼をここで壊してしまうほうが、女の子を手に入れることができなくなるよりずっと嫌だった。だから男の子は笑顔で答えた。頑張れよ。俺、うまくいくように応援するから。

 それから女の子が男の子に話す内容のほとんどは、恋愛相談になった。男の子は話のきっかけの作り方から男が好む話題からされて嬉しいちょっとした行為まで、自分の持ちうるありとあらゆる知識を女の子に伝授した。女の子はいつも真面目な顔でそれを聞き、時にはメモを取った。そしていつも最後には笑顔でこう言った。いつも助けてくれて、ありがとう。あなたがいてくれて本当に良かった。その言葉を聞くたびに、男の子の心には喜びと共に邪悪な感情が首をもたげる。今からでも邪魔をすれば、間に合うかもしれない。この笑顔を独り占めすることがもういちど可能になるのかもしれない、と。でもそれからすぐに、タイムリミットの日はやってきてしまう。女の子は悲しそうな顔で男の子に告げる。
 明日の後夜祭を狙って、彼に告白できたらと思ってるんだけど…自信がないの。もし断られたら二度と立ち直れなくなりそうで、それが怖いの。ねえ、やっぱりまだ告白は早いかな? もう少し待ったほうがいいのかな?
 男の子は少し迷った後、答える。
 今ここで踏み出さなかったら、きっとこのままずるずると卒業までチャンスを逃し続けるだけだよ。何もしないで終わってしまえば傷つかないかもしれないけど、後悔は残る。それも永遠に。それは失敗して一時的に傷つくことよりもずっと辛いことなんだ。大丈夫、君は今まで助言通りに上手くやってきたじゃないか。君の好意はもう充分彼には伝わってる。後は結果確認するだけのことだ。君に好きだって言われて嬉しくない男なんてこの世にはいないよ。だから自信を持って。きっと大丈夫だから。


 二日後の昼休み、女の子は嬉しそうに男の子に告げる。念願叶って彼と無事につきあえることになったこと。彼もずっと女の子のことを意識していたのに、男の子とつきあっているものだと誤解していて告白できずにいただけだったということ。女の子は報告の最後に頭を下げ、男の子に言う。今まで本当にありがとう。これからも、相談に乗ってくれるよね?
 男の子は小さく微笑んで、答える。だめだよ。君にはもう頼るべき彼氏がいるじゃないか。誤解を受けていたんなら、なおさらだ。俺はそばにいるべきじゃない。
 それとこれとは別だよ。女の子が涙声で訴える。私にとってあなたは、一番大切な友達で…なんていうか、似たもの同士だからこそわかりあえる同志っていうか、とにかくそんな存在。離れるなんてこと、考えたこともなかったよ。彼にはあなたのこと、ちゃんと話しておくから。彼ならきっと、わかってくれると思うから。
 男の子は首を振る。その気持ちはすごく嬉しい。俺だって、君のことがすごく大事だ。いつまでも友達として一緒にいられたらって、心から思う。でも、少なくとも君と彼の関係がうまく軌道に乗るまでの当面の間は、やっぱり距離を置かないと。それはけじめというか、決まり事なんだよ。俺が男で、君が女である限りは。
 男の子はポケットから取り出した、小さな包みを女の子に手渡す。これは俺からの、ちょっとしたお祝い。
 女の子はハンカチで涙を拭いながら、それを受け取る。中から出てきたのは、白い鳩をあしらった小さなお守りだった。袋には「鳩守 鶴岡八幡宮」と書かれていた。
 男の子は言う。この鳩のお守りは伝書鳩となって、持ち主の心の中の思いを相手に正しく伝えてくれるんだってさ。それがあれば、君はもう俺がいなくても大丈夫。きっと彼とうまくやっていける。嘘も誤解もすれ違いもなく、本当の気持ちだけを伝え続けていられる。
 女の子はしばらくその小さな袋を見つめ続けた後、くすくすと笑いながら言う。これ、あんまり可愛くないね。変な顔。
 男の子は答える。そうかな? 結構可愛いと思ってたんだけど。
 女の子は男の子の胸に顔を埋め、言う。
 ありがとう。このお守り、一生大事にする。だからあなたも、覚えていて。私がこのお守りをつけている限り、私はあなたのこと、一時だって忘れたりなんてしてないんだってこと。
 男の子は女の子の頭を軽く撫で、答える。覚えておくよ。俺も君のことはずっと、陰ながら見守ってるから。


 それから一年が過ぎ卒業が目前に迫っても、女の子は相変わらず彼氏と仲良くやっていた。男の子と女の子は校内の移動中すれ違いざまに挨拶をする程度で、ほとんど会話らしい会話をしないままだった。でも女の子の携帯には今もまだ、男の子があげた鳩のお守りがぶらさがっている。それを見る男の子の胸には嬉しさと悲しさの入り交じったような、そんな複雑な感情が渦巻く。そして思う。

 自分にもいつか、彼女を自分の物にするために手を尽くさなかったことを後悔する日が来るんだろうか?

 今はわからない。でもきっと自分は自分にできる、ベストの選択肢を選んだのだ。そう信じている。そしてあの彼女の携帯に揺れる鳩のお守りが、いつかまた二人の心を運んで通じ合わせてくれたらいいと思う。たとえそれが愛情ではなかったとしても。










 面白さの欠片も見あたらない糞漫画「こばと。」がいよいよアニメ化されると知り腹を立てながらも心のどこかで放映を期待してしまっている僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。  


09/9/4

 例えば、クリスマス・イブの夜に出産に臨む夫婦の話。


 男の子は祈る。灯りの落ちた暗い病棟の廊下のソファで、汗ばむ両掌を合わせながらひたすらに祈り続ける。
 簡単な手術ではない、とは医者にさんざん聞かされた。出産がイブに重なったのも偶然ではない、これ以上遅くなると命に関わるとそう言われたからだ。もしもの時の覚悟だけはしておくように、とも釘を刺された。でもそんな覚悟が簡単にできるほど男の子の心は強くなかった。最悪の事態なんてもの、想像するだけで胸が張り裂けそうになる。だから男の子は祈る。女の子の無事を。きっともうすぐ産まれてくるはずの子供の無事を。ただ目を閉じて祈り続ける。


 ──欲しいものなんでも一つだけ、言ってごらん? クリスマスの夜、サンタさんが、プレゼントしてくれるかもしれないよ。
 男の子が子供の頃、年末が近づくと母親はいつも笑顔でそう言ってきた。でも男の子は一度として自分がそのとき本当に欲しい物をリクエストしたことはなかった。二千円か三千円くらいの、家計の負担にならない程度の額の玩具をうまく見繕ってはねだるようにしていた。別に特別貧乏だったわけではない、親孝行な子供を演じたかったわけでもない。男の子はただ怖かっただけだった。「本当に欲しいもの」を本気で欲しがって、それが高額だからとか子供に相応しくないからとかいう大人の理屈によって叶わなかった時の落胆が嫌なだけだった。そうして現実的に手に入りそうな物しか欲しがらないよう心がけ続けてきた男の子が、生まれて初めて心の底から欲しいと願った存在。それが女の子だった。男の子は大きくなったお腹を優しく撫で続ける女の子に向かって、独り言のように呟いた。ねえ、僕にはまだ「本当にほしいもの」を願う資格はあるのかな? 二つ目のお願いだからって、聞き届けてもらえないなんてことはあるのかな? こんな不安な気持ちを今から抱えたままで、弱音を吐かずにはいられないような弱い心で、本当に僕は君と子供とをこれから守っていくなんて大それた事、やっていくことができるのかな?
 女の子は男の子に優しく微笑み、答えた。二つ目じゃないよ。あなたが私のことを本気で欲しいと願ってくれたから、私がその思いに応えたから、いまこの子は私のお腹にいるんだよ。だからあなたの最初のお願いはきっとまだ完結してない、効力を失ったわけでもない。全部この子に繋がってるんだ。だから心配しなくても大丈夫。それにあなただけじゃない、私だって同じことを願ってるんだよ。あなたと、私と、この子の、三人で。きっと今までよりもっと素敵な毎日を過ごしていけるって、そう信じてる。だからもし私が手術台の上に登る時間が来たら、そのときは二人で祈り続けよう。私達がいま本当に欲しいもの──私と、あなたと、この子、「家族」の。三人の、幸福な未来がやってくることを。


男の子は祈る。不安に怯える心を振り払うように、一心不乱に祈り続ける。女の子に言われた通りに。自分がいま本当に欲しいと心から願うもの──「家族」が手に入る、その時が早くやってくることを。その幸福な未来が広がっていくことを。
 もうすぐ時刻は0時を周り、クリスマス・イブはクリスマス本番へと移行する。サンタクロースはきっと今が一番忙しい時間帯だろう。願わくばほんの少しの時間でもいい、女の子の元に現れて聖夜の奇跡とやらを振る舞ってくれるなら。それ以上もう他には何もいらない。男の子は窓の外に光る月に向かってまた祈り出す。
 全部この子に繋がってるんだ、と女の子は言った。男の子が女の子を欲しいと願ったことから始まって。二人であちこち出かけて歩いたことも、つまらない喧嘩をしたことも、照れくさい愛の言葉を囁き合ったことも。ほんの小さな気まぐれが偶然が成り行きがいくつも積み重なって生まれた物語が、一つの小さな命へと繋がっていく。それを奇跡だとか運命だとか呼ぶのであれば、奇跡も運命もきっとこの世には確かに存在するのだろう、と男の子は思う。この奇跡と運命の神秘性に比べたら、サンタクロースの存在も神様の存在も些末な問題に過ぎない。でもいるのかいないのかわからないそんな曖昧な存在にも、等しく男の子は祈る。本気で願う。「本当に欲しいもの」のために。男の子が女の子と共に紡いできた物語を、ハッピーエンドに繋げるために。
 やがて手術室のドアが開く音がして、男の子の目がゆっくりと開かれる。歩み寄る看護師の笑顔が視界に映り、男の子もつられて笑う。そして思う。きっと今日この夜、不安を抱えて祈り続けたことさえも、いつか笑って話す物語の一つに変わっていくのだろう。臆病な自分を今すぐ変えることはできないかもしれない。でもそれでもいい、不格好でも情けなくても、女の子と、生まれてきた子供と、二人の笑顔を守ることができるのなら。自分のこれからの物語は、それだけで意味のある物語にきっとなる。
 看護師に手招きをされ、男の子は分娩室へと歩き出す。これから新しい物語がまた紡がれるのだ。男の子と、女の子と、そして産まれてきた子供との。「家族」という名の繋がりの物語が。










 子供が生まれた時の僕の気持ちを一番近い例え話で表現すると、↑こんな感じです。  

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