少年はいかにして信仰を捨てたか

  僕が小学生だった頃の話。


  僕は当時発売されたばかりの「ゲームボーイ」に夢中だった。
  いまでこそ携帯ゲーム機なんて当たり前の存在だけれど、いにしえの昔には「ゲーム&ウォッチ」なんてモノまで狂ったようにやりこんでいた僕にゲームボーイの登場は衝撃以上だった。
  カセットを取り替えて違うゲームができる携帯機。そんな夢のようなもので遊ぶことができるだなんて。僕ら当時の小学生は、そんなハイテク時代に生まれてこれたことを心から感謝していたものだった。今にしてみれば笑ってしまうような「ハイテク」ではあったけれど。

  そんな携帯ゲーム機黎明期に、一つのキラーソフトが発売された。今やマイクロソフトと並ぶ天下の嫌われ者大企業、スクウェア様からお出になったRPG、「魔界塔士Sa・Ga」である。

  現在はともかく、当時のスクウェア様はほんとに志あるいいゲームをお作りになっていた。「魔界塔士Sa・Ga」もその「スクウェア全盛期」の一作品である。これは、本気で面白かった。僕の小学校でこれを遊んでない男子はいないというくらい流行ったし、その中に「つまらない」と言う人間は一人としていなかった。僕も、友達も、誰も彼もがみんな休み時間にレベル上げに励んだものだった。

  しかし、さすがはゲームボーイ黎明期の作品だけのことはあった。
  「魔界塔士Sa・Ga」は、設定メチャクチャなうえにバグだらけの作品だったのである。

  「魔界塔士Sa・Ga」は経験値という概念がなくキャラはランダムに成長していくのだが、これがほんとにランダムすぎて下手すりゃ何十回戦っても能力はピクリとも変わらなかったりした。そんなストイックなところもたまらなくて、僕はサルのように戦闘を繰り返したものだ。そして努力も空しく何度となくバグで止まってしまうところも別な意味でたまらなかった。運良く能力が成長し、それを無事セーブし終えた後の充足感、安心感。こんなマゾヒスティックな楽しみかたは間違っても今のゲームではできまい。


  そして僕はいつしかラスボスにまで辿り着いていた。
  ラスボスは今まで行く先々に大胆不敵に現れていた、謎の男。こいつは、なんと「神様」だった。
  ただ登ってくる人間が苦しむ姿を見て自分が楽しむために「塔」を作った神。その神に対して、主人公たちは戦いを挑む。神は(たしか)こう言う。

「これが いきもののサガか…」

  ああ!神様に戦いを挑むなんて。なんて大それたことをしようというのだろう、僕は。くどいようだが当時小学生だった僕は、その背徳行為に胸を高ぶらせていた。勝てるのかよ、相手は「かみ」だぞ?
  もちろん「かみ」は強かった。「くいあらためよ」で混乱させ「ひかりあれ」で盲目にしてくるうえに「かみのひだりて」の全員攻撃は一撃でパーティを瀕死にした。僕はその日2、3回戦って、勝てる見込みがなかったのであきらめて眠ってしまった。そして夢うつつに考えた。
  やっぱり勝てるわけないよ。相手はなにしろ「かみ」だもん。神様なんかに人間が立ち向かえるわけがないんだ、と。

  そして次の日。僕と同じように発売日からやりこんでラスボスに辿り着いた友達の間の話題は「かみ」一色だった。

  お前、「かみ」倒した?俺なんとか倒したぜ。
  ううん、まだ。あっ、エンディングは言わないで。楽しみにしてんだから。
  へへへー、どうしよっかなー。言っちゃおっかなー。

  そんなたわいない会話を楽しんでいたそのとき。クラスの問題児・タカハシ君が僕らのグループに近づいてきて、ポツリと言った。

「かみ、実はチェーンソーで一撃で倒せるの、知ってた?」

「え゛え゛え゛っ!!」僕らは全員叫んだ。
  確かに「魔界塔士Sa・Ga」にはチェーンソーという、ダメージは少ないがときどきクリティカルヒットで一撃で倒せるという特殊武器があった。ただ当然、一撃死モノはボス格の相手には効かない、というのはRPG業界の暗黙の了解のようなものだ。ましてや相手はラスボス、それも神様である。「チェーンソー」て。んなもん使おうなんて発想そのものが僕の頭には微塵もなかった。
「た、タカハシ君、ウソでしょ?だって「かみ」って、ラスボスだよ?」僕は恐る恐るタカハシ君に聞いた。
「ウソじゃねえよ。俺の兄貴、それでクリヤーしたんだもん」とタカハシ君は嫌な笑顔で僕に言った。僕はいまだにそのときのタカハシ君の勝ち誇った笑顔を夢に見る。

  家に帰った僕は、さっそく「かみ」に再戦を挑んだ。武器を確かめると…チェンソーが、あった。買ったはいいけどずっと使っていなかった、新品同様のチェーンソーが。
  「かみ」の攻撃。「かみのひだりて」。相変わらず一撃で瀕死になる。次喰らったら、間違いなくまた全滅だ。
  僕はチェーンソーを握りしめた。
  まさか…な。まさか、こんなもん使ったって死なないだろ。相手は「かみ」だもん。いいや、どうせ次のターンで全滅だし、遊びで使ってみようかな。
  次のターン、僕の攻撃。チェーンソーで「かみ」に斬りかかる。そして威勢のいいヒット音とともに、「かみ」が消える。

「かみ を たおした」

  うわあああああ!!死んじゃった!!かみ、チェーンソーで死んじゃったよ!!
  感動のエンディングが流れ始めるが!僕のこのやり場のない気持ちはどうしたら!恨むぜタカハシ君!あとこんなバグゲー作ったスクウェア!!




  …以上、「少年はいかにして信仰を捨てたか」。少年・Yの場合でした。
  ちなみに「魔界塔士Sa・Ga」を遊ぶことはもうできません。カセットに内蔵されているセーブデータの電池が寿命を迎えてしまっているからです。
  また一つ、思い出の品を失ってしまった僕はちょっぴりおセンチな気分にもなってみたりして。


99/9/18
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